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アルカナの抄 時の掟

第8章 「隠者」正位置

…なぜだ。なぜあの男のもとへ行く。お前はなにを考えている?

俺を、裏切るのか…?

「フレア…」
男は愛する人の名をつぶやいた。彼女は彼の、相思相愛の恋人のはずだった。

灯りもつけず、暗がりの中で一人、杯を傾ける。窓から見える夜空には星一つなく、ただ闇が拡がるばかりだった。





少し重い扉を開け、カオルは足を踏み入れた。明るく、でも落ち着いた雰囲気で、ずらりと並ぶ長椅子には、祈る人や寝ている人が数人、ぽつり、ぽつりといた。

と、この教会の神父らしき人が、そっとカオルに話しかけてきた。

「ここは初めてですか?」
若い神父が、優しげな微笑みをたたえている。

「はい…あの」
言い出しづらくて口ごもった。神父は黙ってカオルの言葉を待っている。

「ここに一晩、泊まらせてほしいんです」

「どうぞ。かまいませんよ」
神父はにこりと微笑んだ。

聞くと、ここで寝泊まりするというのは珍しくないのだそうだ。今日も、カオルのほかにも何人かいるだろう。そういった人に、神父は温かいスープとパンを与えているという。

「あれは、なにをしているのですか?」
カオルは、奥の扉へ入っていく人を指差した。扉の前には数人が並び、自分の順番を静かに待っている。

「ああ、あれは」

どうやらその部屋は懺悔室といって、自分の罪や秘密などを告白して赦しを請うための場所らしい。

…罪、か。そういえば、ある国では昔、嫉妬は罪だったと――いつかどこかで聞いた気がする。

「あなたも懺悔なさいますか?」

カオルは、扉の前で救いを待つ人々を、じっと見つめた…。

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