狼と白頭巾ちゃん
第14章 無意識の誘惑
(……シ、…ン………?)
恐怖に支配されていたライラの思考に、微かに安堵の光が瞬いた。
「…シ…ン、……な、の…?」
今だ恐怖に怯える身体に勇気を振り絞り、震える声で、ライラは言葉を絞り出した。
「………………」
獣は答えず、ただ、
開いていた手の平を強く握り、じっとしている。
動く気配がない為、ライラは少しだけ落ち着きを取り戻し、改めてその獣を見た。
シンの声で自分の名を呼んだその獣は、
姿こそ人型を取っているものの、黒い毛に覆われた大きな耳を持ち、
体毛のない部分の肌は、ライラが今まで見た誰よりも浅黒く、
何よりも、獣特有の大きな尾を持っていた。
そして、長い前髪で顔を隠す様にして、俯きがちに佇んでいる。
表情は良くは見えないものの、その顔は整っているように思われ、
しかし、その鼻は苦しそうに荒く息をし、口は硬く閉じられ端を歪めている。
更によく見ると、何かに耐えるかの如く身体を小刻みに震わせていた。
その苦悶の表情から、戸惑いを覚え、
「シ…ン…?」
ライラはもう一度声を発した。
…その時シンは、自分の身体と戦っていた。
すぐ側にはライラがいて、襲えとばかりに動かない。
あと一歩でも踏み出せば、その手は彼女に届くだろう。
しかし、もしそれをすれば、後には引けなくなるであろうことを、微かに取り戻した理性が告げている。
彼の五感の内、
視覚、聴覚、嗅覚の三つは既に侵されている。
嗅覚と密接に繋がっている味覚も、正常であるとは言えない。
この上、もしライラに触れでもしたら、
残る触覚すらも、黒い感情に理性が押し流され、
彼は欲望の赴くままに、ライラの幼い身体を蹂躙してしまうに違いない。
理性がここから離れろと叫ぶが、侵された感覚が彼の身体を前に進ませようとする。
シンの理性は、前に進もうとする身体をかろうじてその場に縛り付けることしか、出来ないでいた。
暫くのあいだ、二人は身動きが取れず、
先に動いたのは、ライラだった。