対峙
第6章 episode 5
「…勝ち?」
ボクは光彦を振り返る。
そこにはいつもの優しい笑顔の彼がいた。
「勝ちって…なんのこと?」
光彦の冷笑はあくまで優しいままだった。
「俺を選んだ。…俺の勝ち。父さんは負け」
ま、これで二度目だけどね。またボクの頭をくしゃくしゃしながらケラケラ笑う。
「…誠二…誠、二…」
澤村の悲痛な声が聞こえる。
『誠二…誠…二』
女の人の声とかぶる。
忘れたこともない母さんの声。
「あ…母さん…母さん」
自然と顔を手で覆って気付く。
不自然な朱色に染まった手。
目の前には同じ色の人間が転がっている。
心音がやけに大きく聞こえる。
頭がクラクラする。
「ねえ誠二…父さん…いや澤村はね、本当に誠二が大切だったんだ」
耳元で光彦の声がリアルだ。
いやだ 聞きたくない。
「ねえ。虐待…信じた?」
「やだ…やめて」
「バカな誠二…」
「やめろぉっ」
既に朱色に染まったカッターナイフを振り切った。
光彦は首から鮮血を流していた。
「っ…」
「…いいよ、誠二。良い顔してる」
コポコポと水音に混じって発した言葉。
「あ…うそ……光彦」
「…おまえは1人でいい」
ボクから離れた光彦は、澤村に重なるようにして倒れた。
ひざまずいたボクは寒気を感じていた。
「…やだ…光彦」
ボクは顔が汚れることも気にせず視界を自らの手で覆った。
きっともうボクの瞳には何も映らない。