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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第1章 ★ 突然の辞職勧告 ★

★ 突然の辞職勧告 ★

「―というわけでね。長年、我が社へ捧げてくれた君の貢献度を考えれば、僕もこんな措置を取るのは本当に忍びないんだが―」
 放っておけばまだ延々と続けそうな部長の言葉を由梨亜は突如として遮る。
「判りました。要するに、部長がおっしゃりたいのは、私に会社を辞めろとそういうことでしょう?」
「う、ま、まぁ、それは君の言うおりではあるが」
 部長のそこだけ丸く禿げ上がった頭頂部がうす紅く染まった。
「お気遣いはありがたいとは思いますが、あれこれと言い訳をして下さらなくて、結構です。私を辞めさせたいのなら、ただ辞めろとだけおっしゃって頂ければ十分ですので」
 由梨亜は言うだけのことを言うと、一礼し踵を返した。
「全っく、今時の若い者と来たら、上司に対する口のききようも知らんのか」
 扉が閉まる寸前、部長が腹立たしげにぼやくのが聞こえてきた。
 その日―詳しくいえば、二〇一〇年の六月三日水曜日、城崎(しろさき)由梨亜は見事に失業者になってしまった。
 ここに至る経緯は実に呆気ないものだ。由梨亜が勤めるS物産の経営が最近、悪化の一途を辿っているのがその直接の原因だった。
 S物産は幅広い年齢層の女性をターゲットとしたアパレルの通信販売を行っている。斬新さには乏しいけれど、上品で質の良い仕立てに拘り、比較的、低価格での顧客への提供を続けてきた。それがS物産が多くの女性たちに支持されてきた理由だ。
 にも拘わらず、S物産は数年前から、路線を大胆に変更した。それまで主に中高年齢層といわれる三十代以上の女性たち向けの商品を扱ってきたのに、若い女性―十代後半からに二十代向きの商品をメインにしたのだ。
 当初、この企画に異を唱える上層部も少なくはなかったようだが、社長の強い意思を動かしようはなかった。反対した幹部は早々に辞めさせられた。しかし、路線変更から数年、会社を去っていった幹部たちの危惧は見事なまでに的中し、S物産の経営は眼に見えて落ちている。

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