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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第6章 ★Sadness~哀しみ~★

★Sadness~哀しみ~★

 結局、由梨亜は三鷹の腕の中で泣きながら眠ってしまった。朝、目覚めたときには既に三鷹は〝出勤〟した後で、リビングの時計は午前十時近くになっていた。
 三鷹がベッドに入れてくれたのだろう、由梨亜はちゃんとベッドに横たわり、掛け布団もきちんと掛けられていた。
「こんな時間まで眠り込んでるなんて」
 由梨亜は慌てて飛び起き、ベッドから出た。
 昨日は母の病院に行けなかったので、今日こそはと急いで支度し、マンションを飛び出した。もっとも、この時間に行けば、必ず母に会社はどうしたのかと訊かれる。
 幸いにも今日はコンビニのバイトが入っている。由梨亜は勤務時間開始の十一時にすべり込みで店に駆け込んだ。その日も普段どおりレジを打ったり、商品を棚に並べたりと忙しく過ごした。午後五時、バイトが終わり、店長や他の店員に挨拶して店を出る。
 この時間であれば真っすぐ病院へ寄ったとしても、母に疑われる心配はない。コンビニの更衣室で通勤用の地味なスーツに着替え、その足で病院に向かった。
「昨日はごめんね。どうしても仕事が立て込んでて、来られなくて」
 病室に入るなり、由梨亜が謝ると、母は笑った。
「だから、いつも言ってるだろう。何も無理して毎日来ることはないんだよ。そんなに重病人ってわけでもないんだから」
 大抵の重病人は自分の症状が深刻であることに気づかないか、もしくは認めず、〝たいしたことはない、大丈夫〟と言う。母の場合も、全然、自覚はないらしい。
 丁度その時、顔見知りの看護士が検温に来たので、由梨亜は母の血圧について訊ねてみた。看護士は人の好さそうな丸顔をほころばせ、持参していたカルテを調べてくれた。
「今朝は上が一三〇で下が八二ですね。特に問題はないと思いますよ」
「そういえば、一昨日から薬が変わったのよ。あれを飲んでから、また調子が一段と良くなったわ。ここのところ、血圧が上がって、いつも頭が重い感じがしてたから、ラクになって助かったよ」
 一昨日といえば、三鷹が病院まで安浦医師に謝りにきた日だ。彼の謝罪が功を奏したのか、安浦医師が医師としての責任感と義務感を忠実に守ってくたれのかどうかは判らなかった。

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