テキストサイズ

偽装結婚~代理花嫁の恋~

第6章 ★Sadness~哀しみ~★

 他の社員たちは、とばっちりが来てはまずいとばかりに殊勝に黙っている。だが、彼等の表情を見れば、考えていることは丸わかりだ。氷のプリンスと呼ばれ、大勢のセレブな美女たちと付き合いながらも、けして一人の女に夢中になることはなかった―それが瀕死の企業を次々と奇跡的に復興させている辣腕の若き副社長の姿であった。
 だが、今のプリンスはどう見ても、その伝説的な噂の数々とは結びつきそうにもない。
 女子社員たちを叱ってはみたが、ニューヨーク時代からプリンスの秘書をずっと務めてきた第一秘書には信じられない光景であった。
―あの副社長が人前で血相変えて女の尻を追いかけていくとは。しかも、相手の女は御曹司が相手にしてきたゴージャスな美女とは全く違う。どこにでもいそうな、平凡な小娘ではないか!
 第一秘書が思わず二度目の溜息をついた時、当のプリンスこと副社長が戻ってきた。先刻の狼狽えぶりはどこへやら、いつものポーカーフェイスが憎らしいほどサマになっている。
「R商事の専務との面談は何時からだった?」
 いきなり問われ、第一秘書は恭しく応えた。
「午後二時からです」
 この有能かつ忠実無比な秘書の頭には敬愛する副社長の予定はすべてきっちりとすり込まれている。
 プリンスが歩きながら話すので、第一秘書も慌ててついていった。
「その後の予定は?」
「午後四時からは今冬発売予定の婦人服部門新製品の企画会議、午後六時よりT銀行の頭取との打ち合わせがありますが」
「打ち合わせといっても、今日のは接待だったな」
「はい」
「それならば、君が適当な店を見繕って、すべて手配しろ。私は今回の接待には出ない」
「しかしながら、副社長。T銀行の頭取のお嬢さまとは近々、見合いの話が浮上しており―」
「心に決めた女以外に結婚する気はない」
「はあー」
 第一秘書は弱り切った顔で頷いた。
「私の代わりに、君が失礼のないように頭取をもてなすように。どうせ頭取の娘との縁組は社長が勝手に画策していることなのだろう?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ