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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第3章 ★ 衝撃 ★

 当初、三鷹との〝結婚生活〟を始めるに当たっての最大の難関は母を説き伏せることだった。もちろん、頼まれて偽装結婚をすることになったなどとは口が裂けても言えないから、一年ほどは会社から近いアパートで一人暮らしをしてみたいとか何とか苦しい言い訳をするつもりだったのだ。
 まあ、言ってみれば、母が緊急入院することによって、その難問は自然に解消した。ただし、この場合は〝結婚生活〟の期限が著しく短くなる。医師によれば、母は短くても二ヶ月、長ければ三ヶ月程度の入院が必要だという。
 つまり、その間がそのまま由梨亜の〝結婚〟継続期間になるわけだ。果たして、三鷹がそれについて、どう言うか?
 たかだか二ヶ月程度の偽装結婚に協力したからといって、二百万もの大金を払うとは思えない。もしかしたら、他に代役の花嫁を捜すと言い出すかもしれない。
 しかし、母が長期入院するとなれば、お金はないよりはあった方が良い。ましてや、この先、何がどうなるかさえ判らない状況なのだ。
 由梨亜は細々とした身の回りの品をバッグに詰め、再び家を出て鍵をしめた。
 この家ともしばらくはお別れだ。もっとも、一生戻らないというわけではない。ほんのしばらく留守にするだけなのだから、必要以上の感慨を感じる必要はないのだ。
 由梨亜は自分に言い聞かせ大きなボストンを二つ下げて、家を出た。流石にこの大荷物では自転車というわけにはゆかず、タクシーを頼んだ。まずはN病院で降り、母の荷物を置きがてら顔を見て、その後、三鷹から教えられたように駅前のマンションに行った。
 駅前の超高層マンションは十五階建てのモダンな建物である。外見はシティホテルのように瀟洒で、エントランスを入った内側も外見を裏切らない華麗さで、由梨亜の眼を瞠らせた。
 最上階までエレベーターで上がり、突き当たりの部屋を目指す。そこだけは同じ階の他の部屋よりも間取りも広く部屋数も多いらしい。陽当たりも良さそうである。
 その分だけ、やはり、家賃も高いのだろうと庶民的な発想をしてしまうのは仕方ない。何しろ小さな木造アパートと借家しか住んだことがないのだから。母子家庭の日々の暮らしは極めてつましいものだった。

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