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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第4章 ★惹かれ合う心たち★

 穏やかな日々が過ぎていった。三鷹との関係もあれから踏み込みすぎることもなく、かといって冷淡というわけでもなく淡々と流れていっている。彼は相変わらず冗談や軽口を飛ばし由梨亜をからかってきたし、由梨亜は適当に受け流し時に辛辣な言葉で応酬した。
 だが、二人の間には常に緊張感が漂っていた。それは、あたかもちょっとした刺激が加われば一瞬で烈しく燃え上がろうとする焔のようでもあった。しかし、その焔の正体が何なのか、由梨亜にも判じ得なかった。
 肉体的に引き合おうとする―情欲に近いものか、或いは、ともすればぶつかり合おうとする気持ち、想いなのかは。
 その日、由梨亜は久々に腕に寄りをかけて夕食を作った。心に重いものを抱えているときは、料理を作るのが何よりの気分転換になる彼女である。
 三鷹が母に豪華すぎる花かごを贈り、気まずい雰囲気になったあの翌日以来、由梨亜は毎日、腕を振るって食事を拵えた。三鷹はやはり作らなくて良いと言うけれど、こんなことでもしていなければ間がもてない。
 コンビニのバイトは週の中、六日入れていたのだが、三鷹がもう少し減らしても良いのではと言い、週に三度にして貰った。彼はどうやら、〝妻〟がバイトに行くのは気に入らないようである。
―親父が知ったら、俺たちの関係を怪しまれるかもしれないだろう。
 と言っている。確かにそれもあるのかもしれないが、三鷹自身がどうも気乗りしないようだ。
 金持ちの坊ちゃんやその奥さんはバイトなんてしないのかもしれない。しかし、由梨亜は三鷹の本当の妻ではないのだし、幾ら偽装結婚上の〝妻〟だからといって、そこまで彼に束縛されるいわれはない。
 お金なんて使えば、すぐになくなる。この偽装結婚が終わり、首尾良く二百万を手に入れたとしても、蓄えはないよりはある方が良い。
 バイトに出るのは週に三度で、しかも昼間の数時間だけだ。後は朝と晩、N病院に母の貌を見にいくだけが日課となれば、家事の真似事でもしなければ暇を持て余しすぎる。
 その夜の主菜は鶏肉のバジルとオレンジソースあえ、ミートと緑黄色野菜のパイ、冷製のパンプキンスープ。デザートはパンナコッタだ。
 午後からは忙しく動き回り、機能的でモダンなキッチンには食欲をそそる匂いが満ちた。

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