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神さま、あと三日だけ時間をください。

第1章 ♭眠れぬ夜♭

 夫婦でひととおりの検査は受けたものの、二人ともに、これといった原因らしいものは見当たらなかった。
―矢坂さんご夫婦のように、これといって特に原因がないのに、赤ちゃんに恵まれない方も現実としてかなりの数になるんですよ。
 中年の医師は少し気の毒げに告げた。
 特に原因もないしということで、二人はマンションからも近い小さなクリニックを紹介された。総合病院は通うにはかなり大変なので、結果的には助かった。
 不妊の原因がない夫婦が最初に行うのがタイミング法。これは女性のほうの排卵日を予め予測し、それに合わせて夫婦生活を営むように指導がなされる。卵胞の大きさが変化してゆくので、それを定期的に超音波で測定し、いよいよ排卵が近いと判断したら、何月何日にと医師から言い渡される。
 琢郎は元々、セックスに関してはあまり積極的ではなかったが、殊にこのタイミング法は嫌がった。確かに、美海だって気は進まなかった。まるで義務のように、ありきたりのセックスをするだけで、事が済めば終わりというのは、あまりに空しかった。
 まるで自分たちが繁殖用の動物になってしまったようで、夫婦間で共有する性の歓びだとかいったものは微塵もない。
 もっとも、美海が性的には奥手ということもあってか、琢郎は夫婦でのセックスに対しては熱心ではなく、さしたる関心を持っているようには見えなかった。不妊治療を始める前から、時折おざなりにするだけで、美海は性の歓びなどおよそ感じたことはない。
 また美海自身も夫婦とは穏やかな愛情で結ばれていれば良いのだから、無理に気の進まない夜の営みをする必要はないのだと思っていた。
 しかし、これをやり遂げられなかったら、赤ちゃんには恵まれないというのなら、幾ら味気ないとしてもやるしかなかった。
 恐らく、琢郎も同じ気持ちだったろう。
 そんなある日、琢郎がぽつりと言った。
―なあ、もう不妊治療は止めないか? 子どもがいなくたって、別に構わないじゃないか。二人だけでずっと暮らせば良い。
 あの時、美海ももう少し冷静になるべきだったのかもしれない。けれど、どうしても感情を抑えきれなかった。

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