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神さま、あと三日だけ時間をください。

第1章 ♭眠れぬ夜♭

―どうして、そんなことを言うの? 私は子どもが欲しいのよ? 皐月(さつき)だって、宏美だって、もうちゃんと子どもを産んで、お母さんしてるのに、私一人だけが置いてきぼり。そんなのもう、耐えられない!
 大学時代の女友達の名前をあげ、激情のままに夫に想いのたけをぶちまけた。
 それが、まずかったのだろうか。琢郎の浮気が発覚したのは、それからふた月も経たないときのことだった。
 しかも、琢郎の子どもを妊娠したという女の科白つきで、だ。
 結局、この女の言い分は全くのデタラメだと判った。相手は琢郎と同じ会社に勤務する二十六歳の女だった。
―参ったな。たった一度、ベッドを共にしたくらいで子どもまでできるか、普通?
 琢郎の留守中に女が直接、美海に電話をかけて宣戦布告してきたことが事件の発端となった。
 とはいえ、琢郎は美海に知られても、いっかな悪びれる風はなかったし、子どもができたと聞いて、むしろ嬉しげに見えたのは美海の僻みだったろうか。
―たったの一度ですって?
 どうして、たったの一度だなんて軽く言えるのか? 美海には到底理解できない話であった。一度であろうが、二度であろうが、浮気は浮気なのだ。
 琢郎は女の科白を信じて疑ってはいなかっようだが、意外な形で嘘が露見することになる。女には三年も付き合った恋人がいたのだ。その恋人が急に別の女性に乗り換えようとしたので、一計を案じ、琢郎を利用したのである。つまり、琢郎は都合良く当て馬にされただけだった。
 女の恋人が激怒して会社まで乗り込んできて、琢郎は公衆の面前で殴られた。女は会社を退職せざるを得なくなったが、恋人とはよりを戻したという。子どももできたということで、すぐに入籍も済ませたと聞いた。
 一方、琢郎は女に利用されただけだと解り、もちろんクビになることはなかった。しかし、若い女にまんまと都合良く利用され、棄てられた―と社内の笑いものになったことは言うまでもない。
 その出来事が琢郎と美海の間に、決定的な亀裂を作った。琢郎は琢郎で会社に行っても、これまでのようにはいかず、苛立つ。美海は美海で夫の不実さがどうしても許せない。

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