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神さま、あと三日だけ時間をください。

第2章 ♭ミュウとシュン~MailsⅠ~♭

「後で獣医師から聞いたら、ハナは軽い肺炎を起こしていたそうだよ。俺は全然、気づきもしなかった。俺が気づいてやっていれば、ハナは死ぬこともなかったかもしれないのに」
 涙声に、美海はハッと顔を上げた。
「それで、あの夜はとことんまで落ち込んでたんだ。そんな時、ミュウが俺の叫びに気づいてくれた。だからかな、ミュウのことがどうしても忘れられないのは」
 シュンが首を振った。
「ああ、こんな情けないところを見せたら、余計に嫌われちまいそうだ。そうじゃなくても、ミュウには頼りないと思われているだろうに」
「そんなことないよ。誰だって、そういうときってあるじゃない? 辛くて堪らないときって。でも、皆、歯を食いしばって生きてゆくのよね。だから、シュンさんも今は泣きたいだけ泣けば良い。思いきり泣いて、すべての涙を流し尽くしてしまったら、立ち上がって歩き出せば良いのよ」
 美海はごく自然に手を伸ばし、シュンの頭を引き寄せた。シュンが美海の胸に顔を埋(うず) める。母親が泣いてむずかる子をあやすように、背中をそっと撫でた。
「ミュウの胸って、あったかいな。それに柔らかくて良い匂いがする」
 シュンは美海の胸に頬を押しつけて、甘えるように匂いを嗅いだ。
 そろそろ傾き始めた夏の太陽が地平線の向こうに沈んでゆこうとしている。昼間はセルリアンブルーに輝いていた海は今、空と同じオレンジ色に染まっていた。
 まだ昼の暑熱を十分に残した砂は温かい。海から吹いてくる潮気の強い風が砂浜の向日葵畑をかすかに揺らしていた。
寄り添い合う二人の姿が長いシルエットとなって影絵のように砂に伸びている。美海には、どうしてもこのひたむきな若者を突き放すことはできなかった。

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