神さま、あと三日だけ時間をください。
第4章 ♭切ない別れ♭
「シュンさん、私が何歳だと思ってるの? 私、あなたが思うほど本当は若くはないの」
「到底見えないけど、三十は過ぎてるんだよね」
「三十九よ。どう、愕いたでしょう、っていうか、腹が立つわよね。あなたには最初から三十一、二だとしか言ってなかったもの」
シュンの少し笑いを含んだ声が薄闇の中から聞こえてくる。
「言い古された科白かもしれないけど、人を好きになるのに年齢なんて関係ないよ。君は十分魅力的だ、君が四十歳でも二十歳でも、俺は君という女に恋をして好きになっただろう」
シュンが黙り込むと、室内は忽ち怖いほどの沈黙に満たされた。まるでこの世でシュンと二人だけのような、深海の底に二人きりでいるような錯覚すら憶えてしまう。
淡い闇の中で、カチコチと時を刻む枕許の時計の音だけがやけに大きく響いている。それはあたかも二人の別れが近づいてくる足音にも似ていた。時が、運命が、二人を残酷にも引き裂く夜明けまで、あと数時間しかない。
迫り来る別離の予感を互いにひしひしと感じていた。覚悟をしながら、誰より何よりその瞬間のくるのを怖れていた。
シュンの手をしっかりと握りしめながら、美海はぼんやりと天井を眺めていた。今はただシュンとの哀しい別離しか頭になく、他のことは考えられない。
ふと以前に読んだことのある女流作家の小説が頭に浮かび上がった。その小説のヒロインは若い独身女性であり、恋に落ちた相手が妻子持ちの中年男であった。美海とシュンとはまるで逆だ。
ありきたりの不倫小説といえばそこまでだけれど、美海はラストの二人の別れのシーンが鮮烈な印象を残していた。最後に想い出作りに出かけた京都のホテルで、ヒロインが夢想するのだ。
―もし、許されるのなら、私に三日間だけ時間を下さい。あと三日あれば、私はもう、この生命すらも要りません。
ヒロインは愛する男と最後の時を過ごしながら、切なく願う。
―一日めは彼の奥さんになって、二日めは彼の子どもを生んで育てて、三日めはお婆ちゃんになって、共白髪になるまで彼の側にいるの。
しかし、無情にも時間は流れ、ヒロインは自ら別離を告げ、彼の許を去ってゆくのだ。
「到底見えないけど、三十は過ぎてるんだよね」
「三十九よ。どう、愕いたでしょう、っていうか、腹が立つわよね。あなたには最初から三十一、二だとしか言ってなかったもの」
シュンの少し笑いを含んだ声が薄闇の中から聞こえてくる。
「言い古された科白かもしれないけど、人を好きになるのに年齢なんて関係ないよ。君は十分魅力的だ、君が四十歳でも二十歳でも、俺は君という女に恋をして好きになっただろう」
シュンが黙り込むと、室内は忽ち怖いほどの沈黙に満たされた。まるでこの世でシュンと二人だけのような、深海の底に二人きりでいるような錯覚すら憶えてしまう。
淡い闇の中で、カチコチと時を刻む枕許の時計の音だけがやけに大きく響いている。それはあたかも二人の別れが近づいてくる足音にも似ていた。時が、運命が、二人を残酷にも引き裂く夜明けまで、あと数時間しかない。
迫り来る別離の予感を互いにひしひしと感じていた。覚悟をしながら、誰より何よりその瞬間のくるのを怖れていた。
シュンの手をしっかりと握りしめながら、美海はぼんやりと天井を眺めていた。今はただシュンとの哀しい別離しか頭になく、他のことは考えられない。
ふと以前に読んだことのある女流作家の小説が頭に浮かび上がった。その小説のヒロインは若い独身女性であり、恋に落ちた相手が妻子持ちの中年男であった。美海とシュンとはまるで逆だ。
ありきたりの不倫小説といえばそこまでだけれど、美海はラストの二人の別れのシーンが鮮烈な印象を残していた。最後に想い出作りに出かけた京都のホテルで、ヒロインが夢想するのだ。
―もし、許されるのなら、私に三日間だけ時間を下さい。あと三日あれば、私はもう、この生命すらも要りません。
ヒロインは愛する男と最後の時を過ごしながら、切なく願う。
―一日めは彼の奥さんになって、二日めは彼の子どもを生んで育てて、三日めはお婆ちゃんになって、共白髪になるまで彼の側にいるの。
しかし、無情にも時間は流れ、ヒロインは自ら別離を告げ、彼の許を去ってゆくのだ。