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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第1章 騒動の種

「あなたに頂く理由はありません」
「無粋なことを申すな。男が惚れた女に装身具を贈る―、ごくありふれた行為ではないか」
 凛花は男の正気を疑った。
「あなたは何か勘違いをなさっているのです。さもなければ、あなたがこれまで相手にしてきた他の大勢のご婦人方と違っているので、私が珍しいのでしょう」
「私の気持ちをそなたに論じて貰う必要はない。大切なのは、私がそなたを欲している、ただそのことだけではないか?」
 冗談ではないと思った。放蕩息子の気紛れに付き合うほど、自分は酔狂ではない。
 凛花はこれ以上、拘わっていられないと無視して先に進もうとした。が、男がゆく手を塞ぎ、それではと回れ右をすると、男もまた先回りして進路を阻む。そんなことを何度も繰り返し、凛花は男を上目遣いに睨んだ。
「良い加減にして下さい。先日の出来事に対してのお腹立ちなら、確かに私の態度にご無礼があったのは認めましょう。されど、酒場での飲食に正当な対価を支払おうとしなかったあなたに非はあります。あなたも男なら、潔くご自分の過ちを認めたらいかがです?」
「先日のことなど、もう、どうでも良い。私はあの一件にむしろ感謝したいくらいだ。あの件がなければ、そなたという女にめぐり逢うこともなかった。のう、凛花。私の女にならぬか? さすれば、そなたの望みは何なりと叶えてやろう。私は、そなたに惚れたのだ」
 凛花の当惑はますます深まった。
「お断りします」
 きっぱりと断じ、更に前に進もうとするも、またしても男が両手をひろげて前を阻んだ。まるで、好きな女の子を苛める幼児の悪戯そのものである。
 凛花は男との果てのない応酬に辟易してきた。本人は色男を気取っているつもりのようだが、凛花には全くの子どもじみた悪戯にしか思えない。
「止めて下さい!」
 堪えに堪えていたものがついに爆発した。
 凛花は叫び、相手をグッと睨み据えた。
「私には既に末を誓った方もおります。幾ら、あなたが私を望まれようと、許婚者のいる身ではお応えのしようがありません」
「そのようなことは百も承知だ。そなたの許婚者は皇文龍(ハンムンロン)、義(ウィ)禁(グム)府(フ)の下っ端であろう」
 凛花の背をヒヤリと冷たいものが走った。何故、この男がそこまで―凛花の許婚者のことを知っている?

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