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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第1章 騒動の種

「店主、これを一つくれ」
 銭を払い、ノリゲを手にした男の顔を凛花はまじまじと見た。数日前、酒場で凛花にこれ以上はないというほどに打ち負かされた男―確か右議政の息子だとか言っていた。
「こんな安っぽいものが気に入ったのか。つくづく、そなたは珍しい娘だな。普通、両班の娘であれば、もっと高価な品を好むだろうに」
 凛花は男には構わず、さっさと歩き出した。
「生憎と」
 凛花はここでくるりと振り返る。
「私は品物を選ぶ際、値段の高低で選ぶわけではありません。ただ値が高いだけで、中身のないつまらない品よりも、たとえ取るに足らないような安物でも、内実は高いものよりよほどしっかりした良い品だということは、ままあるものですから」
 こうして見ると、面長の細面はますます狐に似ている。
 その狐面が蒼くなった。品物の値にかけて、暗に眼前の男の品性のなさを皮肉ったのが判ったのだ。どうやら、そこまで勘は鈍くなさそうである。
「あなたさまがご存じの女人方は淑やかで、安物などには見向きもされぬご婦人ばかりだったのでしょうが、生憎と私は違います。女だてらに剣も使いますし、馬も乗りこなします」
 そうそう、剣よりも得意なのは、弓矢です。
 凛花は取ってつけたように言い、婉然と笑んだ。
―私がその狐(きつね)面(づら)を的と間違えて、矢を射かける前に、さっさと退散しなさい。
 内心では、思いきりそう叫びたい衝動を堪えて。
 だが。眼の前の男は怒りも忘れ果てた様子で、ボウとこちらを腑抜けたように見ている。
「それでは、私はこれで失礼します」
 凛花は軽く頭を下げ、男の傍を早足で通り過ぎようとした。
 その時。男の腕がさっと伸びてきて、凛花の細腕を掴んだ。
 ハッと、男を見やると、男がまるで店先に並んだ品物を吟味するかのように眼で凛花を眺めている。
「待て」
 これを、と差し出された紅水晶のノリゲを見、更に男の顔を見つめ、凛花は困惑の表情を浮かべた。

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