山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第5章 旅立ち
―大監。
秀龍が任命状を押し頂いて王の執務室を退出しようとした時、清宗が一度だけ、物問いたげな視線を送った。
―殿下、何でございましょう。
だが、清宗は思い直したように首を振った。
―いや、良い。病み上がりの身に長旅はこたえよう。文龍には健康に十分留意して務めを果たすようにと伝えてくれ。
―畏れ多いお言葉、必ずや倅に伝えまする。
秀龍はもう一度、深々と頭を下げた。
清廉潔白な秀龍の人柄は王自身も認めるところであった。秀龍が嫡男を誰にも会わせず都を出そうとするのは相応の理由があるはずだ―。勘の鋭い国王は違和感に気づいていながら、敢えて訊ねなかったのだとも受け取れる節があった。
もちろん、凛花は宮殿での王と秀龍のやりとりを知る由もない。
暗行御使という役目は判り易く言えば隠密だ。
常時、設置されている職務ではなく、臨時に適当と思われる人物に王命が下る。国王がどこそこの地に暗行御使を送りたいと言えば、領議政、左議政、右議政の議政府の大臣三人が集まり、ふさわしい人物の選定を行う。
いよいよ決まれば、その者の名を国王に報告し、王の名で任命状が作られた。そして、国王から指名された当人が直接王宮まで出向いて、任命状を受け取るのだ。
この任命状というのは、けして都を出るまでは開けてはならないことになっている。というのも、暗行御使は地方行政が円滑に行われているか、即ち、地方の治政を王から任されている地方官の勤務ぶりをひそかに見て回るのが主な務めなのだ。
暗行御使には王から全権を与えられ、任地では王の名代として、都に伺いを立てずとも独自の判断で事の是非を正しても良いことになっている。つまり、地方官の不正、領民虐待、不当な搾取などを取り締まり、独自の裁量で裁ける権限を持ち、その後、その地の法律を変えることもできるのだ。
暗行御使が地方官を取り締まるのをよく〝裁きを行う〟といった言い方をする。裁きを行った後は、すみやかに国王への報告書をしたため、都に送ることも義務づけられていた。
一つの任地で裁きが終わると、また、次の任地へと向かう。それらの任地はすべて任命状に順番に記されていた。
以上のように任地では大変大きな権限を持つ。
秀龍が任命状を押し頂いて王の執務室を退出しようとした時、清宗が一度だけ、物問いたげな視線を送った。
―殿下、何でございましょう。
だが、清宗は思い直したように首を振った。
―いや、良い。病み上がりの身に長旅はこたえよう。文龍には健康に十分留意して務めを果たすようにと伝えてくれ。
―畏れ多いお言葉、必ずや倅に伝えまする。
秀龍はもう一度、深々と頭を下げた。
清廉潔白な秀龍の人柄は王自身も認めるところであった。秀龍が嫡男を誰にも会わせず都を出そうとするのは相応の理由があるはずだ―。勘の鋭い国王は違和感に気づいていながら、敢えて訊ねなかったのだとも受け取れる節があった。
もちろん、凛花は宮殿での王と秀龍のやりとりを知る由もない。
暗行御使という役目は判り易く言えば隠密だ。
常時、設置されている職務ではなく、臨時に適当と思われる人物に王命が下る。国王がどこそこの地に暗行御使を送りたいと言えば、領議政、左議政、右議政の議政府の大臣三人が集まり、ふさわしい人物の選定を行う。
いよいよ決まれば、その者の名を国王に報告し、王の名で任命状が作られた。そして、国王から指名された当人が直接王宮まで出向いて、任命状を受け取るのだ。
この任命状というのは、けして都を出るまでは開けてはならないことになっている。というのも、暗行御使は地方行政が円滑に行われているか、即ち、地方の治政を王から任されている地方官の勤務ぶりをひそかに見て回るのが主な務めなのだ。
暗行御使には王から全権を与えられ、任地では王の名代として、都に伺いを立てずとも独自の判断で事の是非を正しても良いことになっている。つまり、地方官の不正、領民虐待、不当な搾取などを取り締まり、独自の裁量で裁ける権限を持ち、その後、その地の法律を変えることもできるのだ。
暗行御使が地方官を取り締まるのをよく〝裁きを行う〟といった言い方をする。裁きを行った後は、すみやかに国王への報告書をしたため、都に送ることも義務づけられていた。
一つの任地で裁きが終わると、また、次の任地へと向かう。それらの任地はすべて任命状に順番に記されていた。
以上のように任地では大変大きな権限を持つ。