テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第5章 旅立ち

 更には事前に誰が暗行御使かを知られないため暗行御使の選定は三政丞だけで行い、指名された当人と三政丞だけが暗行御使がそも何者なのかを知るのだ。むろん、国王は例外である。
 渡された任命状を都内で開けてはならないという掟も、機密の秘守のためなのだ。
 凛花は任命状にひととおり眼を通すと、また丁寧に折り畳んで封筒にしまった。
 早くも心は任命状に記されていた最初の任地に飛んでいる。彼の地では、どのような出逢いが待っているのだろうか。
 文龍さま、たとえ私がどこに行っても、文龍さまは私を見守っていて下さいますよね?
 文龍さまにどこまで近づけるかなんて考えるのはおこがましいですけれど、私なりに精一杯頑張りますので、どうかお力をお貸し下さいませ。
 凛花は心の中で秀龍に呼びかけた。
 文龍は、もみじあおいが好きだとよく言っていた。もみじあおいは一日で萎む一日だけしか咲かない花である。その儚い生命は若くして花の生命を散らした恋人に重ならないこともない。
 それでも、今年の秋の初めに文龍ともみじあおいを見たときに考えたように、あの花は儚さの中にも強さを秘めていると思う。
―凛花、凛花。
 今でも眼を閉じれば、文龍の優しい呼び声が風に乗って聞こえてくるようだ。
―そなたは、これからもそなたらしく生きてゆくのだよ。
 もみじあおいの見える庭で、文龍が凛花にくれた言葉だ。最初、凛花自身にも〝自分らしく〟という言葉の意味を理解できずにいた。
―私らしく?
 不思議そうに見上げる凛花に、文龍は優しく微笑みながら教えてくれたのだ。
―そうだ。何をも怖れず、困難を困難とも思わず、試練と受け止めて自力で乗り越えてゆく。そなたの雄々しさに私は惚れた。これから先、何があったとしても、そなたにはその強さ、優しさを失わないで欲しい。
 自分にそんな強さがあるのかどうかまでは判らないけれど、文龍がそう言ってくれたのだから、その言葉を信じよう。哀しみや不安は心の底に封じ込めて、今は前だけを見つめていよう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ