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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第6章 最初の任地

  最初の任地

 冷たい寒風に頬を撫でられ、凛(ルム)花(ファ)は思わず身を震わせた。今日は朝、宿を出てからというもの、殆ど休憩らしい休憩も取らずに歩き続けてきた。ここらでそろそろ少し休んでも差し支えはないだろう。
 辺りを見回すと、路傍にあった手ごろな石に腰を下ろす。
「それにしても、今年の寒さは一段と厳しいな」
 口に出してみると、ますます今の己れが一人なのだと孤独を思い知らされる。
 小さな吐息を洩らし振り仰いだ空は、どこまでも蒼く、はるか彼方に白いちぎれ雲が僅かに浮かんでいるだけであった。いかにも冬といった薄蒼い空を見ているだけで、余計に寂寥感が湧き出てくる。
 頭上高くを二羽の鳥が悠々と旋回していた。何の鳥かは判らないが、真っ白でかなりの大きさがあるようだ。つがいなのか、寄り添い合うように戯れ飛んでいる様は微笑ましい。
―鳥にでさえ、共に生きる人がいるものを。
 そう思えば、尚更、侘びしさを感じずにはいられない。都漢(ハ)陽(ニヤン)を旅立ってから半月の間、凛花はひたすら旅を続けてきた。まずは暗行御使(アメンオサ)としての最初の任地を目指し、可能な限り休みは取らず歩いてきたのだ。
 それは職務に忠実というよりは、むしろ自分自身の心を宥めるためであった。
 婚約者である皇文龍(ファンムンロン)を失って以来、凛花はがむしゃらに生きてきた。後ろを振り返っていては、きりがない―というより、一度過去を見つめてしまえば、文龍との愉しかった想い出や二人で夢見ていたはずの未来の数々に永遠に囚われてしまうようで、怖かったのだ。
 凛花が想い出の中で生き続けることを文龍は歓ばない。だからこそ、前だけを見つめて歩き続けるのだ。仇討ちという本懐を成し遂げて後は、文龍の生きるはずだった人生の一部、暗行御使としての務めを無事果たすことだけが凛花の生きる支えであり目標となっていた。
 しかし、今のようにふとした拍子に、過去への未練と執着は心の奥底からふっと顔を覗かせ、凛花を支配としようとする。
 凛花は首を振ると、自らを奮い立たせようとでもするかのように勢いつけて立ち上がった。

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