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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第6章 最初の任地

 もう少し、ほんの眼と鼻の先に最初の任地が待っている。そこに辿り着きさえすれば、きっとこの心の隙間を埋められるはずだ。彼の果たせなかった夢、無念を凛花が引き継ぐことで、文龍は凛花の中で生き続けることができるのだから。使命感の中に潜む正直な気持ち―亡き文龍のいない淋しさを忘れたいとという想いからは敢えて眼を背けていた。
 脚を踏み出しかけた凛花の耳に、人々の喧騒が飛び込んできた。耳を澄ませてみると、どうやら賑やかというよりは諍いのようである。
 その中(うち)に、女の悲鳴まで混じった。これはただ事ではないと、凛花は即時に走り出した。
 ほどなく凛花の眼に飛び込んできたのは、我が眼を疑う光景であった。数人の男たちが輪になって若い娘を取り囲んでいる。
 娘を守るように男が一人、両腕をひろげて、数人の悪漢どもを睨みつけていた。
 睨み合いは長くは続かなかった。ほどなく男たちの間で乱闘が始まったのだ。女は十七、八くらい。凛花と同じ年頃だろう。女を後ろ手で庇い、数人の男を相手に果敢に立ち向かっている男は二十代前半といったところか。
 対する男たちは、商家か地方両班(ヤンバン)の用心棒なのか、いずれもが屈強な体軀をして見るからに人相の悪そうな連中である。
 女を守ろうとする男の腕はかなり立つようだ。女ながらに並の男より武術の心得がある凛花にはすぐに判った。
 しかし、何しろ多勢に無勢だ。幾ら男の武芸の腕が優れていようと、時の経過と共に持久力がいささか落ちてくるのは致し方なかった。
 凛花は大声で聞こえよがしに叫んだ。
「何と、この村ではか弱い女人一人相手にむさ苦しい男ども数人がかりで喧嘩する風習でもあるのか?」
 闖入者の登場に、男たちが一斉に凛花の方を見た。
「詳しい事情は知らぬが、見たところ、どうもそなたらに分はなさそうだ」
 凛花はわざとらしく男たちの顔を眺め渡し、ゆっくりと歩いて近づく。
「黙れ、青二才め。どうせ、田舎両班の穀潰しの倅だろうが。迂闊に口を出せば、お前まで痛い目に遭うぜ、坊ちゃんよ」
 首領格らしいひときわ体格の良い男が吐き捨てるように言った。
「ホホウ、まだ私と手合わせもせぬ前から、随分とたいそうな口をきくものだ」

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