山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第6章 最初の任地
悪党どもをあらかた片付けた頃、一人の若者が息せききってやって来た。
「恵真(ヘジン)っ」
ヘジンというのが男たちに囲まれていた娘なのだろう。娘に駆け寄った若い男は、ヘジンを守り抜いた男よりはやや若そうで、二十歳そこそこに見えた。
「吏房(イバン)さま(ナーリ)がヘジンを助けて下さったんですね?」
そこで、凛花は改めて件(くだん)の男を見つめた。男と相対した若者も身の丈があるが、男は更に少し上背がある。すっきりとした長身にどこか翳のある苦み走った風貌は女人の注目を集めるには十分なはずだ。
「いや、旅の方の助けがあったから、何とかなったのだ。私一人ではああも大勢の男たちを相手にヘジンを守れたかどうか判らぬ」
吏房と呼ばれた男は思慮深げな人柄を表すかのように言葉少なに応えた。
しかし、凛花はその応えに違和感を憶えた。面長ですっきりとした眼鼻立ちは都にあっても、男前で通るだけの端整さを備えている。話し方も物腰もどこを取っても、控えめな大人しい男だと思ってしまいそうになるが、この男、見かけどおりの人間ではない。
凛花の中の研ぎ澄まされた勘が告げていた。現に、先刻の悪漢たちとのやり取りを思い出しても、この男がただの奥ゆかしいだけの男だなどと言えるはずがなかった。
凛花がいたからこそ悪党どもを倒せたのだなどと言っているが、それこそ度の過ぎた謙遜か大嘘に違いない。凛花がおらずとも、この男なら容易く男たちを片付けられたはずだ。
「吏房というからには、あなたも県監さまにお仕えする役人なのですね」
吏房は切れ長の眼を伏せるように頷いたが、それだけでは彼の奥ゆかしい人柄を示しているのか、単に無愛想なだけなのかは判らない。
「もっとも、私はあまり忠実かつ優秀な部下ではないので、目下、県監さまからは遠ざけられている身です」
「そうですか」
凛花はそれ以上何も言わず、軽く相槌を打った。
吏房は興味深げに凛花に視線を向けた。今の凛花はむろん女姿ではなく、完璧な男装だ。落ち着いた深緑色のパジチョゴリに鐔広の帽子はいかにも下級から中級どころの両班の子息といった雰囲気を出している。
「恵真(ヘジン)っ」
ヘジンというのが男たちに囲まれていた娘なのだろう。娘に駆け寄った若い男は、ヘジンを守り抜いた男よりはやや若そうで、二十歳そこそこに見えた。
「吏房(イバン)さま(ナーリ)がヘジンを助けて下さったんですね?」
そこで、凛花は改めて件(くだん)の男を見つめた。男と相対した若者も身の丈があるが、男は更に少し上背がある。すっきりとした長身にどこか翳のある苦み走った風貌は女人の注目を集めるには十分なはずだ。
「いや、旅の方の助けがあったから、何とかなったのだ。私一人ではああも大勢の男たちを相手にヘジンを守れたかどうか判らぬ」
吏房と呼ばれた男は思慮深げな人柄を表すかのように言葉少なに応えた。
しかし、凛花はその応えに違和感を憶えた。面長ですっきりとした眼鼻立ちは都にあっても、男前で通るだけの端整さを備えている。話し方も物腰もどこを取っても、控えめな大人しい男だと思ってしまいそうになるが、この男、見かけどおりの人間ではない。
凛花の中の研ぎ澄まされた勘が告げていた。現に、先刻の悪漢たちとのやり取りを思い出しても、この男がただの奥ゆかしいだけの男だなどと言えるはずがなかった。
凛花がいたからこそ悪党どもを倒せたのだなどと言っているが、それこそ度の過ぎた謙遜か大嘘に違いない。凛花がおらずとも、この男なら容易く男たちを片付けられたはずだ。
「吏房というからには、あなたも県監さまにお仕えする役人なのですね」
吏房は切れ長の眼を伏せるように頷いたが、それだけでは彼の奥ゆかしい人柄を示しているのか、単に無愛想なだけなのかは判らない。
「もっとも、私はあまり忠実かつ優秀な部下ではないので、目下、県監さまからは遠ざけられている身です」
「そうですか」
凛花はそれ以上何も言わず、軽く相槌を打った。
吏房は興味深げに凛花に視線を向けた。今の凛花はむろん女姿ではなく、完璧な男装だ。落ち着いた深緑色のパジチョゴリに鐔広の帽子はいかにも下級から中級どころの両班の子息といった雰囲気を出している。