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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第6章 最初の任地

 この若者はヘジンの恋人か許婚者―、それに近い存在なのだ。好色な両班が麗しい恋人に気紛れな悪戯心を起こさないかと身構えているのだ。であれば、ここでも凛花の変身は大成功と言って良い。
「ヘジン、行くぞ」
 若者は声をかけると、一人でさっさと歩き出した。
 数人の悪党どもはまだ昏倒したまま、地面に仰向けになって転がっている。まだ一刻ばかりは眼を覚まさないだろう。
 吏房もまた後ろを振り返りもせずに歩き始めた。凛花は慌ててその後を追う。
「先刻のあなたのお話ですが」
 吏房の横に並ぶと、凛花はいきなり話しかけた。
「嘘ですね」
 吏房が凛花をちらりと見た。 
「あなたほどの凄腕の方がこのような都から遠く離れた農村にいるのも愕きでしたが、あなたが自分のことをそのように言ったのは更に愕きでした。それとも謙遜ですか? 相当の武芸の腕をお持ちだ」
「何が言いたい?」
 吏房は止まることもなく、ひたすら前を見て歩き続ける。
「別に深い意図はありませんよ。ただ、このような地方にも志のある方はいるのだと印象深かったもので」
 吏房は低い声で言った。
「チルリョの言うとおりだ、興味本位に県監に拘われば、かえって怪我をする。あの首領格の男は県監の忠実な下僕で油断ならぬ奴だが、見る眼は確かなようだ。女遊びか何かで勘当され都にいられなくなったのかは知らんが、遊び半分なら、大怪我をする前に早く立ち去った方が良い」
 凛花がふいに立ち止まった。
「遊び半分などではないと言ったら?」
 先に歩いていた吏房の歩みが止まった。振り返り、探るような鋭い一瞥を寄越してくる。
 俄に張りつめた沈黙が落ちた。 
「好きにしろ」
 気のない様子で言うと、プイとそっぽを向き再び歩き始めた。取りつく島もない態度である。
 この村の連中に馴染むのはなかなか骨が折れそうだ。最初の任地に着く早々、早くも気が挫けそうになる自分が情けない。
「チルボクや吏房さまのことを悪く思わないで下さいね」
 ヘジンの明るい声が凛花の物想いに割って入った。

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