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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第6章 最初の任地

「ありがとう(コマオ)。私のことをそのように言ってくれたのは、許嫁とあなたくらいのものだ。それにしても、ヘジン、何故、あなたは先刻、県監の手下たちに囲まれていたのだ? あなたのような人が県監に捕らえられるような罪を犯すとも思えないが」
 ヘジンはうつむき、小さく息を吸い込んだ。その態度にかすかな躊躇いを見つけ、凛花は優しく言い聞かせるように言った。
「どうやら、あなただけでなく、あなたの恋人も県監に刃向かっているという吏房も、他所(よそ)者には村の事情を話したくはないようだね。だが、考えてごらん。村人だけで悩んでいるより、誰か別の人間に話した方がより良い解決策が見つかる可能性もあるのではないだろうか」
 ヘジンは小さく頷いた。
「確かに若さまの仰せのとおりです。でも、無力な私たちに何ができるというのでしょう? 国王さまは遠く都にお住まいになられ、私たちが頼るべきなのは県監しかいないのです。その県監が私たちを追いつめ、苦しめているのですから」
「県監があなたたちを苦しめる? それは聞き捨てならない話だな。国王(チユサン)殿下(チヨナー)のご威光はこの朝鮮全土に及ぶとはいえ、地方の細かな事情までをも把握なさるのは無理だ。それゆえにこそ、地方官が派遣されているというのに、その県監が村人を苦しめているというのか。一体、県監があなたたちに何をしているのだ?」
 ヘジンは今度も逡巡を見せたものの、意を決したようにひと息に言った。
「県監さまは大変な女好きとして知られています。今の県監さまが赴任してきたのは二年前ですが、その頃から、この辺り一帯の村々の若い娘たちが神隠しに遭う事件が相次いでいます。盗賊団や芸人の一座に攫われたのだとか様々な噂が流れていますが、本当は誰が娘たちを攫っていったかは皆が知っているのです。知っていて、口にはできないのです」
「皆が下手人を口にできないのは、それができない相手だからだね? つまり、県監当人ということだ」
「そのとおりですわ」
 ヘジンは幾度も頷いた。

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