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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第6章 最初の任地

「では、私たちに何ができるというのですか? 両班の方たちにとって、私たちは道を這う虫のような存在です。たとえ踏みつけようと、虫がたくさんいるように、県監さまにとっては民は取り替えのきく取るに足らない存在なのです」
「では、そなたもまたチルボクと同様、県監には逆らわず虐げられるがままにするしかないと?」
「仕方ありません。それが無力な民として生まれた私たちの宿命なのですから」
 ヘジンは力なく言うと、凛花の視線から逃れるように顔を伏せた。
「おい、ヘジン。他所者と何をいつまでも話し込んでる?」
 手前からチルボクが叫んだ。相変わらず警戒心を全身に漲らせているのは何も恋人を奪われるという心配だけでなく、他所者にヘジンが余計な話を聞かせてはまいずいと思っているからに違いなかった。
 ヘジンが頭を下げ、慌てたように小走りにチルボクに向かって駆けてゆく。その後姿を見送りながら、凛花は再び溜息をついた。
 村人たちの困窮は聞きしに勝る以上であった。この村に近づくにつれて、他の町や村でも今聞いたばかりの話に近いものは既に聞き及んでいたものの、まだこの地方一帯を治めている県監趙尚凞(チヨンサンイ)の管轄地ではなかったため、真相をすべて把握していたわけでなかったのだ。
 この村が尚凞の治める地を訪れる最初であり、かつ最もその悪政の被害を被っているとされる村であった。ゆえに、暗行御使の任命状にもその任地として記されていたのである。
 恐らくヘジンの言葉には寸分の間違いもあるまい。国王を頂点に戴く両班といった特権階級への民の怨嗟の声は国中に満ち溢れ、今にも大きな一つの奔流となって迸り出そうな気配すらある。
 それでも、まだ都では救済のために時折、粥の炊き出しが行われ良いが、地方は棄て置かれ、見向きもされない。
―地方の民の窮状をつぶさに見て、こんな自分にも民のためにできることがあればと思っていたのに、志も果たせなかった。
 文龍が亡くなる間際に言い残した科白が鮮やかに甦る。

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