テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第6章 最初の任地

「これでも、数年前までは、皆、貧しくとも、それほど暮らしに困ることはありませんでしたよ。先ほども話に出ました玻璃湖のお陰で、この地では大昔から海産物、貝と多彩なものが捕れます。村の女たちは皆、物心ついた頃から海女として湖に潜ることを習い、一人前の海女を目指す。村の生活を支えるのは、なけなしの田畑ではなく、玻璃湖から取れる様々な恵みです。今のような有り様になったのは今の県監さまが赴任してきてからですな」
「県監さまがこの地を治めるようになってから、生活が激変したと言われるのですね」
 凛花が念を押すと、老人は哀しげに首を振った。
「都の両班か何かは存じませんが、お若い方もここでは県監さまに刃向かわない方が良い。無用な詮索は、ゆく末のある御身に危険をもたらすことになりかねませんぞ」
 凛花は微笑した。
「実の親にも愛想を尽かされたほどの身です。そんな私が都から遠く離れた村で一体、県監さまに逆らってまで何をなそうとすることがありましょう? ご安心下さい。数日ほど宿をお貸し頂ければ十分です。面倒を起こしたりは致しません」
「それを聞いて、安堵しました。数日と言わず、どうぞひと月でもふた月でも滞在して下され。儂はこの通り、昨年、長年連れ添った老妻にも先立たれ、子も孫もいない淋しい暮らしです。話し相手になって下されば、こんな嬉しいことはありませんよ」
 老人は吏房やチルボクのようにあからさまに態度に出しはしなかったけれど、やはり、村の現況については話したくないように見える。ここで頼りの村長にまで背を向けられては困る。
 凛花はそれ以上は深くは追及せず、話は都の様子に移った。生まれてから六十年間余、遠出といえば隣町しか行ったことがないという村長は、しきりに華やかな都の話を聞きたがった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ