山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第7章 花の褥(しとね)で眠る
花の褥で眠る
一夜明けた翌朝、凛花は小さな家の入り口の扉を開け、上がり框に座っていた。村長の家は他の村人の家と大差なく、特に目立って立派というわけでもない。どの家も似たり寄ったりの作りで、必ず家の庭や周囲には自然に群生した山茶花があるのが共通していた。
最初、村の守り神の前で嗅ぎ取った香りは、実は山茶花の花であった。そもそも山茶花の花自体は香りの強い花ではないが、これだけ多くの山茶花が一カ所に集中して植わっていると、一斉に花開けば、香りも感じ取れるほどになるのだろう。
凛花は座り込みながら、視線を眼前の山茶花に注いでいた。ひと口に山茶花といっても、実に多様な色があるようで、ここに来る途中には紫や白、白にうっすらと紅の混じったものも見た。
昨夜、村長が用意してくれたささやかな夕飯を二人で取っている時、ふっと村長が洩らした言葉があった。
―そりゃア、儂らも何度ここを棄て、他所の土地に行こうと思ったことか。でも、結局、できませんでした。たとえ、どれほど辛くても、ここは儂らの生まれた土地だ。儂の親もまたその親もここで生まれ育って、生涯を終えたんです。見たこともないところに移り住むなんて、できませんでした。
―故郷を棄てたくないというその気持ちは判りますが、生活が成り立たなくては、どうにもならないでしょう。
凛花の科白に、村長はにっこりと笑った。
―何ででしょうかなあ。儂らが物心つくかつかない頃から慣れ親しんだ玻璃湖や山茶花のこともありますが、やはり、儂らにはこの村しかないからでしょうな。文承さまもずっと先になれば、儂の今の科白の意味がお判りになりますよ。都で生まれて育った文承さまの故郷はやはり都しかないのだとねえ。
村人がひたすら口をつぐみ、県監の悪政にも黙って耐えているのは、ここから離れたくないからなのだろうか。
確かに山茶花に囲まれた村は美しい。しかし、幾ら景色が美しかろうが、今のように県監に虐げられてまで、この小さな村に執着するほどのものなのか。凛花にはまだ理解できない。それが理解できるまでは、村人に溶け込むことは無理だろう。
小さな吐息を洩らしたその時、凛花の耳を狼狽えた声が打った。
一夜明けた翌朝、凛花は小さな家の入り口の扉を開け、上がり框に座っていた。村長の家は他の村人の家と大差なく、特に目立って立派というわけでもない。どの家も似たり寄ったりの作りで、必ず家の庭や周囲には自然に群生した山茶花があるのが共通していた。
最初、村の守り神の前で嗅ぎ取った香りは、実は山茶花の花であった。そもそも山茶花の花自体は香りの強い花ではないが、これだけ多くの山茶花が一カ所に集中して植わっていると、一斉に花開けば、香りも感じ取れるほどになるのだろう。
凛花は座り込みながら、視線を眼前の山茶花に注いでいた。ひと口に山茶花といっても、実に多様な色があるようで、ここに来る途中には紫や白、白にうっすらと紅の混じったものも見た。
昨夜、村長が用意してくれたささやかな夕飯を二人で取っている時、ふっと村長が洩らした言葉があった。
―そりゃア、儂らも何度ここを棄て、他所の土地に行こうと思ったことか。でも、結局、できませんでした。たとえ、どれほど辛くても、ここは儂らの生まれた土地だ。儂の親もまたその親もここで生まれ育って、生涯を終えたんです。見たこともないところに移り住むなんて、できませんでした。
―故郷を棄てたくないというその気持ちは判りますが、生活が成り立たなくては、どうにもならないでしょう。
凛花の科白に、村長はにっこりと笑った。
―何ででしょうかなあ。儂らが物心つくかつかない頃から慣れ親しんだ玻璃湖や山茶花のこともありますが、やはり、儂らにはこの村しかないからでしょうな。文承さまもずっと先になれば、儂の今の科白の意味がお判りになりますよ。都で生まれて育った文承さまの故郷はやはり都しかないのだとねえ。
村人がひたすら口をつぐみ、県監の悪政にも黙って耐えているのは、ここから離れたくないからなのだろうか。
確かに山茶花に囲まれた村は美しい。しかし、幾ら景色が美しかろうが、今のように県監に虐げられてまで、この小さな村に執着するほどのものなのか。凛花にはまだ理解できない。それが理解できるまでは、村人に溶け込むことは無理だろう。
小さな吐息を洩らしたその時、凛花の耳を狼狽えた声が打った。