テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第1章 騒動の種

「のう、凛花。私にはまだ正室がおらぬ。縁談は幾つも来ていて、両親が気に入った者がないでもないが、私自身は、これといった娘はおらんのだ。むろん、最初は、そなたを正式な妻にまでするつもりはなかった。だが、そなたという女を知れば知るほど、欲しくなってきた。凛花、私のものになれ。側室と言わず、正室にしてやろうではないか。我が父はいずれ領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)にもなる方だ。皇文龍に嫁ぐよりは、私の妻になった方が先が拓けるというものだぞ」
 凛花は唇を痛いほどに噛みしめた。
「たとえ天地が真っ逆さまになろうと、私があなたに嫁ぐなどあり得ません」
 これほどの屈辱を受けたのは生まれて初めてのことだ。この男は、凛花が世間的な立場や地位だけで生涯の伴侶を選ぶような女だと思っているのだ。
 つい先刻、幾ら高価でも中身のないつまらない品よりは、安くても中身の充実したものが良いとはっきり告げたばかりなのに。
「意地を張っていられるのも今のうちだ。今に、そなたは自分の方から抱いて欲しいと私にこいねがいに来る。私はこれまで自分の欲しいものを他に譲ったことはない。他に奪われる前に、必ず我が物にしてきた。今回もそれは例外ではない」
 底冷えのする双眸が酷薄そうに眇められ、不躾に視線が凛花の上を這う。艶やかな黒髪からゆっくりと、すぐ下の豊かな膨らみ、すらりと伸びた肢体へと降りてゆく。別に指一本触れられているわけではないのに、まるですべてを剥ぎ取られ、一糸纏わぬ素膚を直接撫でられているかのような。
 普段の凛花なら、その失礼な態度を指摘するはずだったが、男のまなざしのあまりの不気味さに鳥肌立つほどの恐怖を憶えているばかりだった。
 最早、凛花は何も言うすべは持たず、恐怖の滲んだ瞳で男を見つめていた。
 凛花の変化―怯えに気づき、男は片眉を上げ、ゆっくりと手を伸ばした。
 男が動く度に、甘ったるい空気が漂ってくるのに、凛花は閉口した。彼自身のパジチョゴリに染みついている香のかおりが原因らしい。まるで女が好みそうな匂いは、凛花に言わせれば、およそ男らしさとはかけ離れた趣味の悪いとしか言えない代物である。
 まだ嫁ぐ前の凛花は長い髪を後ろで一つに編み、背中に垂らしている。頬にひと房、乱れた髪が垂れていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ