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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

俺は信じない」
 ヘジンの傍らに惚(ほう)けたようにうずくまるチルボクが呟いた。
「ヘジンが死んだ、この世にいないなんて、どうしても納得がいかない。どうして、ヘジンがいや、ヘジンだけでない、他の罪もない娘たちが好色な県監の餌食にならなきゃならない? 俺たちが汗水垂らして捕った米や海産物を県監が不当に搾り取るんだよ? 実際には都にはほんの一部しか納めず、自分の蔵にしまい込み、飢饉の年には近隣の町で高く売りつける算段をしてやがるくせに」
 そのあまりに昏(くら)い声は地の底から這い上ってくるようで。
 凛花は、昨日見たチルボクとは別人のように荒んだ彼の様子に息を呑んだ。
「止さないか。証拠もないのに、滅多なことを言うな。様子見に県監の手下がこの辺りをうろついてるのは判ってるんだぞ!」
 吏房がチルボクに鋭い一喝をくれる。それが引き金となったように、チルボクが声を上げて泣き始めた。その様は到底見ていられず、凛花は思わず零れそうな涙をまばたきで堪(こら)えた。
 乳姉妹のナヨンをどこか彷彿とさせたヘジン。昨日、出逢ったばかりの彼女だったが、吏房とチルボクが終始、取りつく島もない中で彼女の明るさだけが救いだったのだ。
 ヘジンの優しい笑顔が瞼に灼きついて離れない。
 凛花は吏房に言った。
「何故、立ち向かおうとしないんだ。闘う前に、自分たちで勝手に負けを決めて何もしないで手をこまねいているのか? ずっと、このまま県監のやりたい放題にさせるつもりなのか?」
 黙り込む吏房に代わり、チルボクが憤慨した眼をよこした。ペッといきなり唾を吐きかけられ、凛花は流石に茫然とした。
「他所者に俺たちの何が判るっていうんだ。えっ、あんたは所詮、ぬくぬくと育った両班のお坊ちゃんだろ。女の尻を追いかけ回すしか能がなくて、実の親にまで愛想を尽かされたほどの、どうしようもない野郎だろ。そんな奴に俺たちの何が判るのさ? あんたもどうせ県監と同じ穴の狢じゃねえか。罪もない庶民の娘をその綺麗な顔と上手い口で惑わせ、さんざんやりたい放題やってたんだろうが!」
 掴みかかろうとするチルボクを吏房がすかさず脇から止めた。

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