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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

「私は、あなたたちの敵ではない」
「敵ではないということは、味方でもないということだな」
 チルボクがすかさず投げやりな口調で言った。
 予期せぬ相手の反応に、凛花は戸惑いを隠せない。
「そなた、何を言って―」
 チルボクは凛花をキッと睨んだ。
「俺たちのことは放っておいてくれ。自分の身の始末くらい自分でつけられる。それに、これは村の問題だ。他所者には関係ない」
「私は、そなたらが困っているのなら、力になろうと言ってるんだ」
「大きなお世話だな。かえって、こちとら迷惑だ」
 昨日のやり取りの繰り返しになってしまった。凛花はチルボクの何もかも諦めたような瞳に拭いがたい絶望を見た。
 まだ何か言おうとする凛花の肩を吏房が掴む。
 振り向けば、彼は眼顔で首を振った。その表情は暗に〝これ以上、何も言うな〟と告げている。 
 確かに、冷静になって考えれば、吏房の言葉は正しかった。チルボクは最愛の女人を失った直後なのだ。今、彼に何をどう言ったとしても、彼は余計に心を閉ざし、頑なになるだけだろう。
 しかし、凛花もまた止まらなかった。
 凛花の中で蒼白い焔が燃え上がっていた。瞼に亡き恋人文龍の死に顔がありありと甦る。
 文龍を死なせたのは、この国にはびこる悪辣な者たちだった。時の右議政一派と彼と結託した商人李(イ)蘭(ラン)輝(フィ)が凛花の大切な男を無情にも葬り去った。
 あの時、凛花がもっと強ければ、文龍を死なせずに済んだはずだ。凛花はあのときも、今も無力な自分がひどく歯がゆかった。
 文龍に代わって暗行御使の職を拝命し、はるばる任地まで赴きながら、自分はまた大切なこの国の民を一人、むざと死なせてしまった。ヘジンを守ってやることができなかった。
 罪もない人たちが犠牲になるのは、この世にはびこる悪人どもがいるからだ。そして、暗行御使たる凛花の役目は、その悪を徹底的に払拭してしまうことだ。

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