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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

 漢陽だけでなく、都からはるかに離れたこんな田舎にも、許しがたい悪党は生きている。いや、離れていて中央政府の監視が行き届かないからこそ、地方官は任地で勝手放題の悪政を行って民を苦しめるのだ。
 凛花は色が白くなるまで拳に力を込めた。
「どうして何もしない中から、諦めるんだ? 村人は立ち上がろうとしない?」
 その問いに対して、チルボクからの返事はなかった。代わりに、吏房が静かな声音で応える。
「仕方ない、彼らだって何度も県監の屋敷に頼みにいったんだ。せめて、ここ一、二年だけでも年貢を減らして欲しいと懇願した。だが、その度に村の代表は袋叩きにされ、誰一人として生きて帰ってこられなかった」
「つまり、泣き寝入りするしか術はないと?」
「そういうことだな」
 吏房が乾いた口調で相槌を打ったその時、チルボクが重い口を漸く開いた。
「さっきは済まない」
 凛花はハッとしてチルボクを見つめた。
 チルボクの眼(まなこ)が哀しみに揺れていた。
「言い過ぎた、あんたのひと言に目が醒めたよ。あんたがあの県監と同じ両班だと思っただけで、つい口が勝手にすべっちまった。ヘジンが昨日、話してたよ。あの旅の若い両班は、警戒する必要はない、あの人は県監のような冷酷非道な人間とは違うって」
「チルボク―」
 凛花は涙を堪えて言った。
「ヘジンは、そなたの想い人はすばらしい女性だよ。私も彼女が大好きだ。他所者の私をすんなりと受け入れたくれた、たった一人の人、それが彼女だった」
「俺もそう思ってますよ、若さま」
 チルボクは頷き、改めて吏房に視線を移した。
「先刻、吏房さまは証拠もないのに、滅多ななことを口にするなと言った。なら、証拠があれば良いのか?」
「それは、どういうことだ?」
 訝しげな表情の吏房に、チルボクは笑顔を見せた。
「言葉のとおりさ。ヘジンはこうも言ってたよ。もしかしたら、あの若さまの言葉は正しいのかもしれない。自分たちのことは自分らで何とかしなければならないんだろうと、あいつはそう言ってた」
 チルボクの顔からふいに笑みがかき消える。

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