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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

「俺が間違ってたよ。吏房さま、もっと早くに立ち上がっていれば、県監にぶつかっていれば、もしかしたら、ヘジンは死ななくて済んだかもしれないんだ。県監を倒すためには不正の証が必要だというのなら、それを探せば良い。動かぬ証拠を眼前に突きつけられれば、県監も言い訳はできないだろ?」
 そのまま踵を返そうとするチルボクを吏房が呼び止めた。
「待て、チルボク」
 数歩あるいたところで、チルボクが振り返った。
「無謀な真似はするんじゃないぞ」
 チルボクの丸い顔に微笑がひろがった。何もかも吹っ切れたように、ある意味で晴れやかなその笑顔は、その後、凛花の心に残った―。
「―判った」
 チルボクは片手を上げると、ヘジンの傍に戻っていった。
「済まない」
 凛花が謝罪の言葉を口にすると、吏房は当惑したまなざしを寄越した。
「何だ?」
「チルボクやあなたに、私は何度も言った。何もせずに諦めるな、立ち上がれと。しかし、あなたたちは自分なりに何度も県監に立ち向かおうとした。私は本当に愚か者だ。事情も知らない癖に、いきなり現れて知った貌で指図めいたことばかり口にした。あれでは、チルボクが怒ったとしても、彼を責められはしない」
 凛花は重い息を吐き出す。
「だから、あなたたちは口をつぐんだまま、県監の非道にも耐えているんだな」
「まあ、そういうところだ。証拠を掴まない限り、こちらに分はない」
 吏房の淡々とした言葉に、凛花もまた何げなく返す。
「証拠を掴む方法はあるのか?」
 吏房が鋭い眼を放った。凛花の意図を読み取ろうとするかのように、じいっと見つめてくる。
 凛花もまたその強い視線を真正面から受け止めた。
 やがて、吏房の方が視線を逸らした。
「ないことはない」
 あらぬ方を向いたまま応えてくる。
「というと?」
 吏房は沈んだ笑みを浮かべた。

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