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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

 その日の夕刻、インスが再び村長の家を訪ねてきた。短い冬の陽がそろそろ落ちようという刻限で、薄墨を溶き流したような宵闇が小さな庭にも忍び込もうとしている。
 闇に次第に溶け込んでゆく山茶花の樹を眺めていた時、インスの声が聞こえた。
 宵闇の立ち込め始めた風景を背に、インスが立っている。彼の姿を認めるやいなや、凛花は背を向けようとした。
「文承」
 インスが伸ばし、肩に置こうとした手を凛花は即座に振り払った。 
 凛花が我に返る。
「悪かった」
 消え入るような声で詫びた。
「いや、私の方こそ、少し馴れ馴れし過ぎたかもしれない」
 インスもまた低い声で言い、沈黙が落ちた。
 気まずい雰囲気が二人を包み込む。
「そなたがあまりにも沈んでいたので、どうにも気になってな」
 凛花は小さく息を吸い込んだ。
「私のせいで人が死んだのは、今回が初めてではないんだ」
 突如として沈黙を破ったのは凛花だった。
 インスが訝しげに眉を寄せる。
「それは、どういうことだ?」
 凛花が薄く笑う。
「言葉どおりだよ。私のせいで、人がひとり亡くなったんだ。丁度、私の余計なひと言でチルボクが死んだように。今回の状況はあのときと少し似ている」
「あの時?」
 インスの問いかけに、凛花は遠い瞳になった。
「私の軽はずみな行動で、とても大切な人を失ってしまった。詳しいことまでは話せないが、私の独りよがりな自信がその人を追い込むことになった。私は敵の策略によって、さる場所におびき出されたんだ。その人が窮地に陥れば、自分が助けようと思って行った。でも、できなかったんだ。敵の誘いかけにおめおめと乗った私は、かえってその人の足枷になって、彼は私を人質に取られたばかりに、存分に闘えなかった。―私が殺したようなものだよ」
 インスが息を呑んだ。
 凛花は自嘲気味に呟いた。

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