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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第8章 発覚

発覚

 紫紺の空を飾るのは丸いよく肥えた月。しかし、幾ら月が煌々と地上を照らそうとも、所詮、真昼の明るさには叶わない。
 月夜の明るさは夜道をゆく者には重宝するが、けしてすべてを照らし出すことはできない。つまり、月夜といえども、当然ながら、闇は存在する。
 県監の屋敷はなかなか広く、庭だけでもかなりの空間があった。目的の蔵は庭の最も奥まった部分に位置しており、常に二人の逞しい男たちが監視に立っている。その中に県監にとってどれほど大切なものが保管されているかを想像するに難くない徹底した用心ぶりだ。
 その厳重な警戒も夜間には多少、手薄にはなる。とはいえ、何も県監が夜だからと油断するわけでもない。盗っ人にとって昼よりも夜の方が活動しやすいことくらいは県監だって知っている。大体、白昼堂々と盗みに入る泥棒など滅多にいない。
 つまり、県監邸の警備が夜間に疎かになるのは県監が油断しているからではなく、肝心の用心棒たちの怠慢が原因であった。
 用心棒たちは県監が雇っている私兵の役割も兼ねているが、いずれもが町のならず者、荒くれ者を寄せ集めただけの存在だ。金のためには何でもするが、その分、主人への忠誠心などはかけらほども持ち合わせてはいない。より良い待遇を眼の前にちらつかせられれば、呆気なく裏切るのだ。
 つまり、県監の屋敷を固める私兵たちの間に軍紀などあるはずもなく、秩序だって行動することなど思いもよらない。
 ゆえに、蔵の前で見張りに立つ男たちもまた、夜になれば安酒をかっ喰らい、夜通し舟を漕いでいるといった始末である。それでも今まで蔵に忍び入ろうとする輩がいなかったのは単に運が良かっただけなのか、それとも、県監の怖ろしさ、冷酷さが近隣の民たちに浸透していたか―恐らく、そのどちらもだろう。
 県監は本当に執拗というか、容赦のない男だ。背いた者には、これでもかというほどの苛酷な拷問や折檻を行い、挙げ句には生命を奪う。県監のあまりの悪政に、これまで幾度となく民衆の嘆願が繰り返された。大抵は付近の町村から数人の代表者が役所を訪れ、貢納品の軽減を願いに訪れるのである。

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