
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第1章 騒動の種
とはいえ、義禁府の武官たちはこの改まった官服よりは、動きやすい義禁府独自の制服を好んで身につけた。官服を着用する機会の方が少ない。文龍も同輩たちの例に洩れず、そのときも義禁府の制服を纏っていた。
向こうから歩いてくる人物も蒼色の官服を着ている。どうやら、位階も歳格好も自分と似たり寄ったりだと遠目にも判った。が、同じ色の服とはいえども、実のところ、蒼色を許されているのは正三品から従六品までの位階を持つ官吏で、その層も幅広い。相手が同じ色だからと迂闊に馴れ馴れしい態度は取れない。
例えば従六品の者にとっては正三品の官吏は、はるかに上の上官なのだ。ここは道を相手に譲った方が賢明だ。文龍はそう判断して脇に寄り、軽く黙礼した。
そのまま相手は文龍の前を素通りしてゆくかに見えた―。と思えたその時。
すれ違おうとした相手がつと歩みを止めた。
「そなたが彼(か)の皇文龍どのか?」
その声に面を上げた文龍は、わずかに眼を見開いた。
けして身の丈が低い方ではない文龍に比べても、更に頭一つ分高い男はかなりの長身なのだろう。
「貴殿は私をご存じなのですか?」
文龍が控えめに問うと、相手の男は整った容貌に謎めいた笑いを浮かべた。
「文龍どのの名を知らぬはずがない。つい先頃、国王殿下のご寵愛第一のお妃をお救いして、その勇名を轟かせたばかりではありませんか」
二年前、後宮内で実に陰惨な事件が起こった。国王清(チヨン)宗(ジヨン)の寵妃の一人が流産の末、肥立ち良からず亡くなったことから端を発したものだった。その妃を別の妃がひそかに呪っていたという由々しき噂が真しやかに流れ、宮殿内でも寄ると触ると、その話で持ちきりだった。
その妃というのが清宗の寵愛を専らにしている淑嬪であり、淑嬪(スクビン)に呪詛された挙げ句に亡くなったのが貴人(キイン)の位を得た妃であった。噂だけならまだしも良かったのに、あろうことか、亡くなった貴人の部屋の床下から呪いの込められた人形まで見つかった。
向こうから歩いてくる人物も蒼色の官服を着ている。どうやら、位階も歳格好も自分と似たり寄ったりだと遠目にも判った。が、同じ色の服とはいえども、実のところ、蒼色を許されているのは正三品から従六品までの位階を持つ官吏で、その層も幅広い。相手が同じ色だからと迂闊に馴れ馴れしい態度は取れない。
例えば従六品の者にとっては正三品の官吏は、はるかに上の上官なのだ。ここは道を相手に譲った方が賢明だ。文龍はそう判断して脇に寄り、軽く黙礼した。
そのまま相手は文龍の前を素通りしてゆくかに見えた―。と思えたその時。
すれ違おうとした相手がつと歩みを止めた。
「そなたが彼(か)の皇文龍どのか?」
その声に面を上げた文龍は、わずかに眼を見開いた。
けして身の丈が低い方ではない文龍に比べても、更に頭一つ分高い男はかなりの長身なのだろう。
「貴殿は私をご存じなのですか?」
文龍が控えめに問うと、相手の男は整った容貌に謎めいた笑いを浮かべた。
「文龍どのの名を知らぬはずがない。つい先頃、国王殿下のご寵愛第一のお妃をお救いして、その勇名を轟かせたばかりではありませんか」
二年前、後宮内で実に陰惨な事件が起こった。国王清(チヨン)宗(ジヨン)の寵妃の一人が流産の末、肥立ち良からず亡くなったことから端を発したものだった。その妃を別の妃がひそかに呪っていたという由々しき噂が真しやかに流れ、宮殿内でも寄ると触ると、その話で持ちきりだった。
その妃というのが清宗の寵愛を専らにしている淑嬪であり、淑嬪(スクビン)に呪詛された挙げ句に亡くなったのが貴人(キイン)の位を得た妃であった。噂だけならまだしも良かったのに、あろうことか、亡くなった貴人の部屋の床下から呪いの込められた人形まで見つかった。
