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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第8章 発覚

 緑色のチョゴリに鮮やかな真紅のチマ。凛花が都で着ていたような絹の豪奢なものではないけれど、上品で仕立ても悪くない。恐らく、この地方の娘たちにとっては最高級の晴れ着に違いない。
 実は、これを用意してくれたのは他ならぬ村長だった。
 昨夜、凛花は村長に女物の衣装一式を貸して貰えないだろうかと頼んだ。村長は納戸の衣装箱の底から、この衣装を出してきてくれたのだ。
―これは、亡くなった娘の着ていたものでしてな。
 村長のたった一人の娘は十八歳で亡くなったという。風邪をこじらせたのが因で、病むこと数日でみまかった。隣町からも評判の良い医者に来て診て貰ったが、甲斐なく若い生命を散らしたのだ。
 凛花は村長に何も言わなかった。ただ、衣装を借りたいと申し出ただけなのに、この聡明な老人はおおよその事情を察したようであった。
―確か、娘がこれを着たのは村祭の一度きりでした。都のお美しいお嬢さまが代わりに着て下されば、さぞ歓ぶでしょう。
 その時、凛花は、改めて老人の言葉を思い出したものだった。この村に来てまもない日、村長は言った。
―たとえ、どれだけ上辺を取り繕い偽りの姿を演じようと、その人の本質は自ずから明らかになるものです。
 恐らく、あの孤独な老人の瞳には、最初から凛花の〝本質〟が映じていたに相違ない。幾年もの風雪に耐え、多くの歓び哀しみを経て、あまたの人を映してきたその瞳は曇りなく人を見ることができるのだろう。
 凛花は敢えて村長に事情を話さないつもりだ。余計なことを知れば知るほど、村長に及ぶ危険が大きくなるのは避けがたい事実なのだから、最後まで打ち明け話はしない方が良い。
 そして、その瞬間、凛花は悟ったのだ。何故、村長、いや村長だけでなくこの村の人々が小さな山茶花村を離れたくないと思うほどに愛しているのか。

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