テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

 生まれ変わる瞬間

 県監趙尚凞は若い時分から汗かきである。四十五歳になった現在も、このような厳寒の季節だというのに、相変わらず額にはうっすらと汗をかいている。
 だが、元々がなかなか整った顔立ちといえるので、汗をかいている割には、さほど見苦しくない。これで禿頭の小太り男が汗をかいていたとすれば、見苦しいことこの上ないだろうが、幸か不幸か、無類の好色家で知られるこの男は、天が多少なりとも味方したらしい。
 容姿には恵まれているため、妓房(キバン)に上がれば、妓生(キーセン)のような玄人女にはそれなりにモテる。しかし、どういうわけか、町や村で見つけた素人娘は尚凞を厭がって、幾度抱いてやっても靡いた試しはなかった。
 もっとも、尚凞は厭がって泣き叫ぶ娘を慰むのが趣味という、いささか倒錯的な趣味のある男だ。ゆえに、攫ってきた娘がどれほど泣いて抵抗しようと、かえって嗜虐心を煽られ、欲情をかき立てられるだけだった。
 尚凞が女好きなのに妓楼にあまり脚を運ばないのは、実は女の方からすり寄ってくる妓生にはあまり欲望を憶えないからなのである。
 その日、尚凞は地方役所を昼過ぎには出た。今日は妻が山の寺まで供養に出かけているため、尚凞は心も軽やかだ。
 だからというわけではないが、この日は少し脚を伸ばして隣村まで〝視察〟にゆくことにした。隣村は村といっても、山茶花村よりは住む人は多く規模も大きい。目抜き通りには露店が建ち、それなりの賑わいを見せている。
 何を隠そう、民衆から鬼のように怖れられている尚凞は他に例を見ないほどの恐妻家であった。彼の妻は時の吏曹判書の妹であり、実家の威光を笠に着て常に傲岸不遜にふるまっている。嫁ぎ先が実家よりも格下であったため、いまだにふて腐れているのだ。
―あの猪女め、自分の顔が醜悪なのは棚に上げて、儂を馬鹿にばかりしおって。
 妻の異母姉は後宮に入り、側室として国王の寵愛を受けている。生んだのは翁(オン)主(ジユ)二人ばかりではあるが、とくもかくにも国王の妃として位階も賜り、その御子の生母となるという栄誉を与えられていた。
 妻はその姉が妬ましくてならないのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ