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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第1章 騒動の種

 貞嬪は、死一等を免じられ、後宮を下がった。郊外の山寺に入り、尼として亡き人々の菩提を弔いながら生きてゆくことになった。貞嬪を煽った王妃は、今ものうのうと後宮で暮らしている。もっとも、王妃の罪状は国王と義禁府のごく一部の人間しか知り得ない機密事項ではあるが。
 そして、その事件を見事に解決して見せたのが、皇文龍であった。文龍の働きを清宗は大いに歓び、当時、正六品判官であった文龍は、この功績により従六品都事に昇進したのだ。
「―その文龍どのの名を知らぬ者の方が、むしろ、少ないでしょう」
 眼前の男は確かに自分を褒めているはずなのに、どうも褒められている気がしない。
 国王の女の生命を助けたのが出世の糸口となるとは、たいした手柄だな。
 むしろ、皮肉られているような気がするどころか、侮蔑がこもっているような気がする。
 他人の善意を疑うことのない文龍も、流石にムッとした。
「貴殿は一体、何がおっしゃりたいのか。私には皆目判りかねます。ご側室同士の争い事を収めたのは単なる喧嘩の仲裁にすぎないとでも?」
 相手の男は端整な面をほころばせた。
「何もそのようなことは申してはいません。淑嬪さまが無事、後宮に戻られ、殿下はお歓びもご安堵もひとしおのご様子。国王さまに対して忠勤を励むのが我ら朝廷の臣たる者の本分なれば、文龍どのは臣下として当然のお働きをなさったまでのこと。それを横からとやかく言うつもりは毛頭ない」
 文龍は軽く頭を下げた。
 これ以上、この男に付き合う気には到底なれなかった。どうも、この男は苦手だ。うっすらと笑みさえ湛えているのに、眼がまるで笑っていない。蛇のように底光りのする双眸が射貫くように文龍を見つめている。
 この男といると、まるで真綿で首を絞められているかのような息苦しさを憶える。
「帰りを急いでおりますゆえ」
「待たれよ」
 背後から声が追いかけてきたが、文龍は無視して行き過ぎようとした。
 が、更に大きな声が響き渡った。
「待てと申している」
 文龍が立ったまま、首だけをねじ曲げて相手を見つめた。

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