山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第1章 騒動の種
世の中の女たちは、この手の男を男前と呼ぶのかもしれないが、凛花にとっては最も嫌いな部類の男だ。狐を彷彿とさせる細くつり上がった眼(まなこ)は冷ややかな光を放ち、この男の不遜さを何よりよく物語っていた。
「お嬢さま、相手は殿方です。ここはやはり相手にならない方が」
背後のナヨンの声を無視して、凛花はついと進み出た。男と女将の間に入ると、さり気なく女将を庇うように立つ。
男はまだ若く、十七歳の凛花とは数歳離れているか、或いはその少し上―二十代前半だと思われた。
「一体、何がどうしたと言って、この店をこのような酷い有り様に?」
まなざしに力を込めて見据えると、男は端(はな)から馬鹿にしたように口笛を吹いた。
「この者は両班たる私に無礼を働いた。ゆえに、身の程をわきまえるべく教えてやったのだ」
事もなげに言う男の方を怖ろしげに見ながら、女将がおずおずと口を開く。
「私は何も間違ったことは申しておりません、お嬢さま。この方たちはもうかれこれ一刻余りも前から、うちの店でさんざん飲み食いしていたのです。その挙げ句、金も払わずに帰ろうとするんで、私が文句を言ったら、いきなり暴れ出したんですよ」
凛花は眼前の男の少し後ろにひっそりと佇むもう一人の男を見つめた。従者であろうか、年の頃は二十五、六、主人に影のようにぴったりと寄り添っている。その場にいないかのような存在感の薄さが逆に不気味であった。
「何度も同じことを言わせるな。支払いはツケにしておけば、次に参ったときに払うと申しておるではないか」
主人らしい男が居丈高に言うのに、女将はすかさず叫び返した。
「そんな科白、所詮、その場逃れだよ。だって、あたしの知り合いの店でも、あんたは同じことをしたっていうじゃないか! あんたらは、あたしが聞いてた人相とそっくりそのままだよ」
〝お嬢さま、どうかお聞き下さいよう〟と、女将は憤懣やる方なしといった様子で訴える。
「この人らによく似た面相の男二人組がしこたま飲み食いした末に食い逃げしたって、そこの女将がぼやいてたんですよ」
女将はもう一度、凛花の後ろから怖々と男の顔を見つめ、確信に満ちた口調で断じた。
「お嬢さま、相手は殿方です。ここはやはり相手にならない方が」
背後のナヨンの声を無視して、凛花はついと進み出た。男と女将の間に入ると、さり気なく女将を庇うように立つ。
男はまだ若く、十七歳の凛花とは数歳離れているか、或いはその少し上―二十代前半だと思われた。
「一体、何がどうしたと言って、この店をこのような酷い有り様に?」
まなざしに力を込めて見据えると、男は端(はな)から馬鹿にしたように口笛を吹いた。
「この者は両班たる私に無礼を働いた。ゆえに、身の程をわきまえるべく教えてやったのだ」
事もなげに言う男の方を怖ろしげに見ながら、女将がおずおずと口を開く。
「私は何も間違ったことは申しておりません、お嬢さま。この方たちはもうかれこれ一刻余りも前から、うちの店でさんざん飲み食いしていたのです。その挙げ句、金も払わずに帰ろうとするんで、私が文句を言ったら、いきなり暴れ出したんですよ」
凛花は眼前の男の少し後ろにひっそりと佇むもう一人の男を見つめた。従者であろうか、年の頃は二十五、六、主人に影のようにぴったりと寄り添っている。その場にいないかのような存在感の薄さが逆に不気味であった。
「何度も同じことを言わせるな。支払いはツケにしておけば、次に参ったときに払うと申しておるではないか」
主人らしい男が居丈高に言うのに、女将はすかさず叫び返した。
「そんな科白、所詮、その場逃れだよ。だって、あたしの知り合いの店でも、あんたは同じことをしたっていうじゃないか! あんたらは、あたしが聞いてた人相とそっくりそのままだよ」
〝お嬢さま、どうかお聞き下さいよう〟と、女将は憤懣やる方なしといった様子で訴える。
「この人らによく似た面相の男二人組がしこたま飲み食いした末に食い逃げしたって、そこの女将がぼやいてたんですよ」
女将はもう一度、凛花の後ろから怖々と男の顔を見つめ、確信に満ちた口調で断じた。