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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第1章 騒動の種

「ええ、間違いありませんとも。やたら背が高くて気取り返ったのとえらく陰気な若い男の二人組って聞いてましたからね」
「貴様、黙って言わせておけば、無礼にも程がある。我らを盗っ人呼ばわりするとは」
 男が腰の刀に手をかけたまさにその時、凛花が鋭く言った。
「それでは」
 男がハッとしたように凛花を見る。
「女将の言い分が果たして真実なのかどうか、確かめてみてはいかがでしょう? 知り合いだという店の女将をここに呼び、あなた方の顔を見せれば、すべては自ずと知れるというもの。万が一、この店の女将の言葉がすべて出たらめだというのなら、女将はあなた方に伏して詫びるでしょうが、もし、その逆ならば、あなた方が女将に詫びて、踏み倒した酒代をすべて払うことになるでしょうね」
 わざと相手を焦らすように間を置き、続ける。
「それとも、そのようなまどろっこしいことはせず、このまま捕盗庁(ポトチヨン)の役人を呼びますか?」
「若(トル)さま(ニム)」
 後ろの従者が何やら男に囁いている。
「さあ、どうしますか? 私は役人が来ても一向に構わないのですよ。むしろ、事が大きくなって困るのは、あなた方の方では?」
「くっ」
 男は悔しげに表情を歪め、凛花を烈しい眼で睨(ね)めつけた。
「私に真っ向から楯突くとは見上げた度胸だ。初対面の人間にここまでの大言を切ったのだ。そちらもせめて名を名乗るくらいの礼儀を示しても罰は当たらないだろう」
「お嬢さま、いけませんよ、名乗ってはいけません」
 ナヨンが怖ろしさに声を震わせている。
「申(シン)凛(ルム)花(ファ)」
 凛花が素っ気なく告げ、男はぞんざいに顎をしゃくった。
「つまりは、そなたの父は左副承旨(チヤフクスンジ)の申ソクチェだな。フン、たかが承旨の娘ごときがこの私に衆目の中で恥をかかせたのか」
「あなたのお父上がどなたかは存じませんが、私は我が父を誇りにしております」
「なっ」
 男の白い面が怒りのあまり、朱に染まった。
「あまり私を怒らせぬ方が身のためだぞ? 私の父は右議(ウイ)政(ジヨン)朴(パク)真善(チンソン)だ」
 しかし、持ち出された右議政の名にも、凛花は眉一つ動かさない。

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