山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第1章 騒動の種
「攫うなどと、何を馬鹿な。そなたは右議政の嫡男であろう。名門の子息が町のならず者紛いの真似をする気か?」
直善の癇に障る笑い声が響いた。
「欲しい女をモノにするのに、手段など選んでいられるか。良いか、文龍。私は、そなたに妥協案を提示したのに、貴様はそれを真っ向から断った。私としては、妹を嫁にやり、そなたほどの男を味方に引き入れるのも悪くはないと思っていたのだがな」
「その前に、肝心の凛花の心はどうなのだ? 凛花は物ではないし、ましてや男の玩具ではない。欲しいからといって、攫ってきて自分のものにしてしまえば良いというわけではなかろう」
文龍は努めて冷静を装いながら、言葉を紡いでゆく。
直善が口の端を歪めた。なまじ整った容貌だけに、片頬を歪めた笑いは何とも凄惨だ。
「女など、何度か抱いてやれば、すぐに靡いてくる。それにしても、義禁府でも堅物で知られている皇どのは果たして愛しい許嫁をどれだけ満足させてやっているのか、私としては興味がある。その歳で妓房(キバン)にも上がったことがないと言われるほどのそなたのことだ、まさか、まだ手を付けていないとは言うまいな」
「き、貴様ッ」
文龍は思わず直善の衿許を両手で掴み上げていた。
細身の男は、まるで猫のように文龍の逞しい手で持ち上げられる。どうやら、武芸の腕はからきし駄目だという本人の言い分は謙遜ではなく、真実のようである。
直善の身体が宙に浮いている。文龍よりも上背のある直善が文龍に胸倉を掴まれ、軽々と持ち上げられている図というのは、何やら滑稽でもあった。
「このような真似をして、そなたの父が無事で済むと思うか?」
先刻、互いの父のことは忘れて男同士として話そうと言ったはずだ。その口先も乾かない中の、この科白である。朴直善という男の人間性―その卑劣さが知れるというものだった。
文龍は黙り込み、直善の身体から手を放した。こんな男、一発や二発、殴ってやっても罰(ばち)は当たらないだろう。しかし、そのような愚かなことをすれば、文龍だけではなく父秀龍や下手をすれば、凛花の父にまで迷惑がかかってしまう。
直善の癇に障る笑い声が響いた。
「欲しい女をモノにするのに、手段など選んでいられるか。良いか、文龍。私は、そなたに妥協案を提示したのに、貴様はそれを真っ向から断った。私としては、妹を嫁にやり、そなたほどの男を味方に引き入れるのも悪くはないと思っていたのだがな」
「その前に、肝心の凛花の心はどうなのだ? 凛花は物ではないし、ましてや男の玩具ではない。欲しいからといって、攫ってきて自分のものにしてしまえば良いというわけではなかろう」
文龍は努めて冷静を装いながら、言葉を紡いでゆく。
直善が口の端を歪めた。なまじ整った容貌だけに、片頬を歪めた笑いは何とも凄惨だ。
「女など、何度か抱いてやれば、すぐに靡いてくる。それにしても、義禁府でも堅物で知られている皇どのは果たして愛しい許嫁をどれだけ満足させてやっているのか、私としては興味がある。その歳で妓房(キバン)にも上がったことがないと言われるほどのそなたのことだ、まさか、まだ手を付けていないとは言うまいな」
「き、貴様ッ」
文龍は思わず直善の衿許を両手で掴み上げていた。
細身の男は、まるで猫のように文龍の逞しい手で持ち上げられる。どうやら、武芸の腕はからきし駄目だという本人の言い分は謙遜ではなく、真実のようである。
直善の身体が宙に浮いている。文龍よりも上背のある直善が文龍に胸倉を掴まれ、軽々と持ち上げられている図というのは、何やら滑稽でもあった。
「このような真似をして、そなたの父が無事で済むと思うか?」
先刻、互いの父のことは忘れて男同士として話そうと言ったはずだ。その口先も乾かない中の、この科白である。朴直善という男の人間性―その卑劣さが知れるというものだった。
文龍は黙り込み、直善の身体から手を放した。こんな男、一発や二発、殴ってやっても罰(ばち)は当たらないだろう。しかし、そのような愚かなことをすれば、文龍だけではなく父秀龍や下手をすれば、凛花の父にまで迷惑がかかってしまう。