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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第1章 騒動の種

 直善の異様な輝きを帯びた瞳は、この男の尋常でない執念深さを物語っている。
 直善は忌々しそうに僅かに乱れた衿許を整えた。
「私は欲しいものは必ず手に入れる。そこまで頭に血が上るほど惚れている女ならば、横から攫われぬように、せいぜいしっかりと捕まえておけ」
 棄て科白にも思える言葉を投げつけ、直善は去ってゆく。その脚取りは実に悠々としていて、何事もなかったかのようでさえあった。
 あの男は本気だ―。
 文龍は握りしめた拳が白くなるまで力を込めた。
 さしずめ、剣の勝負でいえば、先刻は文龍の勝ちということになる。
―良いか、文龍。相手からけして先に眼を逸らせてはならぬ。
 父は、先に眼を逸らした方が負けると言った。
 だが、勝ち負けなどが何になるのか。凛花は男の都合であちらこちらとたらい回しにされる玩具(おもちや)ではない。
 あの卑怯な男は、凛花をただ欲望のままに手に入れ、慰み者にしようとしているのだ。文龍には、その身勝手さが許せない。仮に直善が凛花を真剣に愛し、凛花もまた文龍よりも直善に心を移したのだというのなら、文龍は潔く身を退くだろう。
 文龍が何より大切なのは、凛花の気持ちだ。正義感が強くて、困った者を見過ごしにはできない凛花の性格は危なかしくって仕方ない。
 側で見ている文龍の方が凛花を放っておけなくて、つい手を差しのべてやりたくなるのだ。あの笑顔が曇るようなことがあってはならない。つい守ってやりたくなる頼りなさも、正義感に溢れる優しさも含めて、文龍は凛花を愛しているのだ。
 朴直善にも宣言したように、妻にと望む女は、最早、凛花以外には考えられなかった。
 凛花の弾けんばかりの笑顔を思い出しながら、文龍は取り止めもない物想いに囚われていた。

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