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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第2章 もみじあおいの庭

 傍らで、ずっと凛花の一人相撲を見守っているナヨンは笑いを噛み殺していた。
「ねえ、ナヨン。どこか、おかしいところはない?」
 思案に暮れた末、ナヨンに問うと、乳姉妹は妙な表情で頷いた。
「とてもお美しいですわ。お嬢さま」
 そのひと言に勇気づけられ、凛花は再び鏡と向かい合う。
 鏡に映じているのは、臈長けた美少女なのだが、当の凛花としては全く満足できない仕上がりである。
「ううん、駄目。やっぱり、この首飾りが服に合わないのではないかしら」
 凛花が今、身につけているのは母の形見であった。顔も知らぬ母が残してくれたこの品を凛花は殊の外、大切にしている。普段は螺鈿の箱にしまい込んでいるのだが、おめかししたいときには必ず身につけた。
 少し長めの首飾りは中央に真珠(パール)と紅(カー)瑪瑙(ネリアン)でできた花が垂れ下がっていて、全体は同様に真珠と赤瑪瑙を鎖状に編み込んだ意匠になっている。何でも母に求婚した時、父が贈ったものだとか。
―その頃の給料半年分をはたいたんだ。高かったんだぞ。
 普段は金銭的なことは口にしない父が思わず洩らしたほどだった。
 凛花は父よりも母に似ているらしい。美人として求婚者も多かった母が何故、並み居る求婚者の中から父を選んだのか―、中には父よりもよほど眉目形も良く前途有望な若者もいたことだろう。
 凛花は父を大好きだけれど、かといって、父が女性にモテる類の男だと思ったことはない。
 よもや、この豪奢な首飾りに釣られたわけでもないだろう。
 父はけして男前でもないし、才気があるわけでもない。他人からは上に何とかがつくほどのお人好しだと陰口を叩かれているし、承政院では、息子ほども歳の違う若い副承旨たちに良いように顎で使われているようだ。
 唯一の取り柄といえば、その職務柄、非常に達筆だということくらいのものだ。
 だが、父は人間的な温かみがある人だった。屋敷に古くから奉公している家僕(奴婢)の死に涙し、残された遺族の生活に後々まで気を配ってやる。困って助けを求めてきた者を父が拒んだことは一度としてなかった。

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