山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第2章 もみじあおいの庭
恐らく、母はそんな父の情の深さに惹かれたのではないかと思う。結局のところ、その人を好きになるのに、理屈や理由は要らない。
ただ、相手に強く惹かれ、求める気持ちを人は恋や愛と呼ぶのだ。文龍はその点、父とよく似ていた。もっとも、文龍の名誉のために言っておくが、彼は父のように小柄で小太りではない。武官らしく鍛え抜かれた体軀は逞しく、引き締まっている。
ひと昔前、皇秀龍は若い宮廷女官たちからの恋文が引きも切らなかったというほどの美貌の貴公子だった。父秀龍の若い頃を知っている人は文龍を見ると、〝父上にそっくりだ〟と愕くらしい。
多分、文龍は世の女人たちを騒がせた父親ほどではないのだろうが、それでも端整な面立ちをしていることに変わりはない。
が、凛花が文龍にひとめで惹かれたのは、その外見のせいではなかった。出逢ったばかりの頃、話せば話すほど、凛花は文龍に惹かれていった。どんな話でも最後まで真摯に耳を傾ける文龍は、凛花の意見を女のものだからといって、けして軽んじたり馬鹿にしたりしない。
使用人に対しても隔てを置かず話しかけるその姿は、凛花の父にも通ずるものだった。何より、文龍の側にいると、春の温かな陽差しにくるまれている仔猫のような気持ちになれる―と言ったら、他人は笑うだろうか。
文龍と同じように、凛花も生涯を共に歩くひとは彼以外に考えられない。
その最愛の男に、もうすぐ逢える。普段は義禁府の仕事が忙しくて、二人きりの時間を持つこともままならない。だが、それもあと少しの辛抱だ。今夜、父と文龍との間で正式な祝言の日取りが決まる。文龍とは既に来年の春頃が良いと話し合ってきたから、恐らくはその辺りで決まっただろう。
「―ッシ、お嬢さま(アガツシ)」
ナヨンの呼び声に、凛花は漸く現実に戻ってきた。いつも、こうなのだ。文龍のことを考え始めると、とりとめもなくなってしまい、他のことを考えられなくなる。
「もう、お嬢さまったら。何をお考えになっていたのですか?」
笑みを含んだ声音でからかうようにナヨンに言われ、凛花は真っ赤になった。
「なあに、何か言った?」
狼狽えながらも精一杯平静を装ってみるが、生まれたときから一緒にいる乳姉妹にはすべてお見通しである。
ただ、相手に強く惹かれ、求める気持ちを人は恋や愛と呼ぶのだ。文龍はその点、父とよく似ていた。もっとも、文龍の名誉のために言っておくが、彼は父のように小柄で小太りではない。武官らしく鍛え抜かれた体軀は逞しく、引き締まっている。
ひと昔前、皇秀龍は若い宮廷女官たちからの恋文が引きも切らなかったというほどの美貌の貴公子だった。父秀龍の若い頃を知っている人は文龍を見ると、〝父上にそっくりだ〟と愕くらしい。
多分、文龍は世の女人たちを騒がせた父親ほどではないのだろうが、それでも端整な面立ちをしていることに変わりはない。
が、凛花が文龍にひとめで惹かれたのは、その外見のせいではなかった。出逢ったばかりの頃、話せば話すほど、凛花は文龍に惹かれていった。どんな話でも最後まで真摯に耳を傾ける文龍は、凛花の意見を女のものだからといって、けして軽んじたり馬鹿にしたりしない。
使用人に対しても隔てを置かず話しかけるその姿は、凛花の父にも通ずるものだった。何より、文龍の側にいると、春の温かな陽差しにくるまれている仔猫のような気持ちになれる―と言ったら、他人は笑うだろうか。
文龍と同じように、凛花も生涯を共に歩くひとは彼以外に考えられない。
その最愛の男に、もうすぐ逢える。普段は義禁府の仕事が忙しくて、二人きりの時間を持つこともままならない。だが、それもあと少しの辛抱だ。今夜、父と文龍との間で正式な祝言の日取りが決まる。文龍とは既に来年の春頃が良いと話し合ってきたから、恐らくはその辺りで決まっただろう。
「―ッシ、お嬢さま(アガツシ)」
ナヨンの呼び声に、凛花は漸く現実に戻ってきた。いつも、こうなのだ。文龍のことを考え始めると、とりとめもなくなってしまい、他のことを考えられなくなる。
「もう、お嬢さまったら。何をお考えになっていたのですか?」
笑みを含んだ声音でからかうようにナヨンに言われ、凛花は真っ赤になった。
「なあに、何か言った?」
狼狽えながらも精一杯平静を装ってみるが、生まれたときから一緒にいる乳姉妹にはすべてお見通しである。