山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第2章 もみじあおいの庭
むろん、凛花は乳姉妹のひそかな笑みにも気づかない。更に紅を直そうと床に落ちたままの貝殻に手を伸ばしたその時、両開きの扉が開いた。
「文龍さま」
凛花の面が忽ちパッと輝く。
無意識の中に立ち上がり、文龍に飛びつかんばかりの凛花の様子を見て、ナヨンの笑みが更に深くなる。
だが、凛花の生き生きと輝く瞳がさっと不安に翳った。文龍の顔色がいつになく冴えない。どこか具合が悪いのではと案じてしまうほどで、疲労の色が濃かった。
「文龍さま、どこかお具合でも悪いのですか?」
思わず訊ねずにはいられない。
しかし、文龍はその問いにはなかなか応えず、物言いたげな視線で凛花を見つめているだけだ。
ややあって恋人の口から発せられた問いは、凛花には予想もしないものであった。
「そなたこそ、顔色が思わしくない。義父上が心配なさっていた。ここ半月ばかり、凛花が塞ぎ込んでいることが多いと」
「それは」
逆に自分のことを気遣われ、凛花は黙り込んだ。
文龍に逢える歓びで、ほんのいっとき忘れていたあの男の存在が再び脅威となって凛花にのしかかってくる。
凛花は消え入るような声で呟いた。
「私のことなど、どうでも良いのです。たいした問題ではありませんから」
背後で扉が静かに閉まる音が聞こえた。ナヨンが気を利かして、出ていったのだ。ナヨンが席を外してくれたのは好都合といえた。
それでなくとも、ナヨンは凛花のために自分の幸せを後回しにしようとしている。執事の息子はナヨンとは同い年で、人柄も悪くない。ナヨンも満更、嫌いというわけでもなさそうだし、あの二人なら似合いの夫婦になれると思うゆえ、結婚をそれとなく勧めてみても、ナヨンはいつも
―お嬢さまが無事、皇氏の若さまの許に嫁がれたら、それから考えてみます。
と、笑ってはぐらかすだけだ。
もちろん、凛花としては、嫁いだ後もナヨンには側にいて貰いたい。が、それはナヨンの人生を凛花に縛りつけることになってしまう。
「文龍さま」
凛花の面が忽ちパッと輝く。
無意識の中に立ち上がり、文龍に飛びつかんばかりの凛花の様子を見て、ナヨンの笑みが更に深くなる。
だが、凛花の生き生きと輝く瞳がさっと不安に翳った。文龍の顔色がいつになく冴えない。どこか具合が悪いのではと案じてしまうほどで、疲労の色が濃かった。
「文龍さま、どこかお具合でも悪いのですか?」
思わず訊ねずにはいられない。
しかし、文龍はその問いにはなかなか応えず、物言いたげな視線で凛花を見つめているだけだ。
ややあって恋人の口から発せられた問いは、凛花には予想もしないものであった。
「そなたこそ、顔色が思わしくない。義父上が心配なさっていた。ここ半月ばかり、凛花が塞ぎ込んでいることが多いと」
「それは」
逆に自分のことを気遣われ、凛花は黙り込んだ。
文龍に逢える歓びで、ほんのいっとき忘れていたあの男の存在が再び脅威となって凛花にのしかかってくる。
凛花は消え入るような声で呟いた。
「私のことなど、どうでも良いのです。たいした問題ではありませんから」
背後で扉が静かに閉まる音が聞こえた。ナヨンが気を利かして、出ていったのだ。ナヨンが席を外してくれたのは好都合といえた。
それでなくとも、ナヨンは凛花のために自分の幸せを後回しにしようとしている。執事の息子はナヨンとは同い年で、人柄も悪くない。ナヨンも満更、嫌いというわけでもなさそうだし、あの二人なら似合いの夫婦になれると思うゆえ、結婚をそれとなく勧めてみても、ナヨンはいつも
―お嬢さまが無事、皇氏の若さまの許に嫁がれたら、それから考えてみます。
と、笑ってはぐらかすだけだ。
もちろん、凛花としては、嫁いだ後もナヨンには側にいて貰いたい。が、それはナヨンの人生を凛花に縛りつけることになってしまう。