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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第2章 もみじあおいの庭

 文龍は涼しい顔ながら、強い力で凛花の持ち上げた両手をその場に縫い付けようとする。
 凛花は懸命に頭を働かせた。
「わ、私も文龍さまが私を心配して下さっているのと同じように、あなたさまの御身を案じているのです。だから」
「だから?」
 意気込んで言った凛花に、〝そうだな〟と文龍が瞳をやわらげる。その切れ長の双眸から思いつめたような光と燃え盛る焔が消えた。
 どうやら、すんでのところで文龍はいつもの彼らしさを取り戻してくれたようだ。
 凛花は心から安堵した。
 もちろん、文龍を嫌いだから、拒んだわけではない。だが、今夜、文龍がいつになく積極的に求めてくる原因はやはり、凛花を朴直善が狙っていることにあるに違いない。
 つまり、判り易くいえば、直善への敵愾心が文龍を常になく駆り立てているのだともいえた。そんな状況で結ばれる―というのは、いかにも哀しすぎる。こういうことは、ちゃんと手順を踏んで、互いに甘い雰囲気になって自然に行うものだろうし、できれば、来春の祝言までは今のままの二人でいたい。
「済まないな。どうも今宵の私はどうかしているようだ。そなたが止めてくれなければ、このまま凛花を無理にでも抱いてしまうところだった」
 慈しむような笑みを向けられて、凛花の心臓がふいにトクンと、高鳴った。
 文龍の手を借りて、凛花が身を起こす。これまでの自分たちでは考えられないような濃密な時間を過ごしたことが、嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
「そなたの気持ちはよく判った。私のことをそこまで想ってくれて、ありがたいし、嬉しいと思っている」
 文龍が少しの躊躇いを見せ、思い切ったように言った。
「実は、私も朴直善に逢っている」
 凛花の可憐な面に驚愕の表情が浮かぶ。
「三日前のことだ」
 文龍の声は苦渋に満ちていた。彼もまた、一連の出来事を包み隠さず話してくれた。むろん、〝どんな手段を使っても奪って見せる〟とまで脅してきたことまでは文龍は凛花に告げなかった。直善の科白すべてを凛花に伝えても、いたずらに凛花を怯えさせるだけだと判断したからだ。

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