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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第3章 策謀

 世の中には全く対照的な方が上手くいくとも言われているけれど、文龍と凛花が強く惹かれ合っているのは、多分、互いに似た部分―魂の奥深いところで共鳴し合っているものがあるからに違いない。
 結婚してしまえば、似た者夫婦になるだろう。いや、自分は凛花の泣き顔には弱いから、凛花に泣かれると、どんな我が儘でもきいてしまいそうだ。もっとも、凛花は文龍を本当に困らせるような無理難題など、けして口にしないだろうが。
 とにかく、妻に甘い良人になるのだけは必定といったところか。
 来年の春が待ち遠しくてならない。凛花を一日も早く、この腕に抱き、自分のものにしたい。あの白いすべらかな雪膚に思う存分触れ、華奢な肢体に凛花が自分の所有だという証を刻みたい。
 文龍は無意識の中に、左手に触っていた。凛花に贈った蛋白(オパー)石(ル)の指輪と一対になったもの。これを見ると、自分と凛花がどれだけ離れていても、一つに―見えない糸で結ばれているのだと信じられる。
 凛花のためにも、今回の任務も無事に遂行しなければならない。義禁府の仕事には常に危険が伴う。義禁府で罪人を取り調べている分には支障はないが、罪人捕縛までの過程は実に辛酸を極め、危ない橋を幾度も渡るのだ。
 平民に身をやつし、町中に出て情報を集め、更には容疑者を捕らえるに足るだけの証拠を集めなければならない。町の場末の酒場、昼でもなお薄暗い賭博場で、時には、両班の屋敷に家僕として侵入したこともあった。変装して紛れ込むのではなく、夜半に隠密として忍び込んだこともある。
 任務上の機密はたとえ両親、妻にでさえ話せない。仮に、話したところで、すべてを知らせれば、かえって余計な心配をさせてしまうばかりだし、大切な者たちの生命まで危険に晒すことになりかねない。
 文龍も凛花に仕事の話はしない。凛花の方も心得ていて、義禁府に拘わる話は避けているようだった。賢く美しい凛花。
 凛花のような女を妻として得られたのは、人生最大の幸福であった。そう思う反面、果たして自分の妻となることが彼女にとって幸せなのかどうかとの想いもあるのだ。
 同僚や上官の中で極秘裏の調査中にあえなく落命した者がいる。
―今年の秋には、初めての子どもが生まれるんだ。

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