山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第3章 策謀
嬉しげに語った屈託ない同僚の笑顔が今でも忘れられない。新婚まもない彼は、商団の大行(テヘン)首(ス)の密貿易を暴こうと捜査中に亡くなった。歳も二十二、文龍より一つ若かったはずだ。文龍が尊敬していた上官は、その同僚を庇おうとして斬られ、絶命した。
同僚の葬儀に顔を出した時、彼の遺した妻の腹は大きく膨らんでいた。真っ白なチマチョゴリを着て、その女人は眼を真っ赤にしながらも、気丈に良人の弔いに訪れた客に挨拶していた。
まもなく嫁ぐ末娘の花嫁姿を見るのが愉しみだと言っていた上官は、その晴れの日を見ることなく旅立った。いずれ良人となる男に付き添われた末娘は上官の棺に取り縋って号泣していた―。
そんなことを考えていると、葬儀で喪服を着ていた同僚の妻が、凛花と重なってしまう。
いずれ、我が身も彼等のように任務中に生命を落とすかもしれない。その時、凛花をたった一人、残して逝かなければならないのかと思うと、胸が張り裂けそうだ。義禁府を志願したそのときから、自分の生命は天に委ねたと覚悟はしている。死ぬのが怖くないと言えば嘘にはなるけれど、自ら選んだ仕事に殉ずるのなら、悔いはない。
だが。残された凛花のことを考えれば、未練も名残も尽きないだろう。何より、良人の死を受け入れた彼女がどれだけ哀しむのかと想像すれば、文龍の方が耐えがたかった。
先刻、この宮城には無念の死を遂げたあまたの亡霊がさまよっているはずだ―と思ったが、やはり、今夜、自分がいつになく悲観的な思考にばかり走ってしまうのも、亡霊のなせる仕業だろうか。
現に、後宮女官たちの間では、薄幸な陳貴人の亡霊が夜な夜な、この辺りに出現するという物騒な噂も真しやかに流れているそうだ。
純白の夜着を纏う陳貴人の腹部は大きくせり出していて、しかも、その突き出た腹の辺りが鮮血に染まっているという。最初に誰が言い出したのかまでは知り得ないが、この殿舎の近くを通る時、女官は昼間でも一人では通らない。
ましてや、真夜中ともなれば、貴人の亡霊を怖れて、誰一人として近づきたがる者はいない。まあ、文龍にとっては、仕事がやりやすくなって、かえって助かるともいえる。
同僚の葬儀に顔を出した時、彼の遺した妻の腹は大きく膨らんでいた。真っ白なチマチョゴリを着て、その女人は眼を真っ赤にしながらも、気丈に良人の弔いに訪れた客に挨拶していた。
まもなく嫁ぐ末娘の花嫁姿を見るのが愉しみだと言っていた上官は、その晴れの日を見ることなく旅立った。いずれ良人となる男に付き添われた末娘は上官の棺に取り縋って号泣していた―。
そんなことを考えていると、葬儀で喪服を着ていた同僚の妻が、凛花と重なってしまう。
いずれ、我が身も彼等のように任務中に生命を落とすかもしれない。その時、凛花をたった一人、残して逝かなければならないのかと思うと、胸が張り裂けそうだ。義禁府を志願したそのときから、自分の生命は天に委ねたと覚悟はしている。死ぬのが怖くないと言えば嘘にはなるけれど、自ら選んだ仕事に殉ずるのなら、悔いはない。
だが。残された凛花のことを考えれば、未練も名残も尽きないだろう。何より、良人の死を受け入れた彼女がどれだけ哀しむのかと想像すれば、文龍の方が耐えがたかった。
先刻、この宮城には無念の死を遂げたあまたの亡霊がさまよっているはずだ―と思ったが、やはり、今夜、自分がいつになく悲観的な思考にばかり走ってしまうのも、亡霊のなせる仕業だろうか。
現に、後宮女官たちの間では、薄幸な陳貴人の亡霊が夜な夜な、この辺りに出現するという物騒な噂も真しやかに流れているそうだ。
純白の夜着を纏う陳貴人の腹部は大きくせり出していて、しかも、その突き出た腹の辺りが鮮血に染まっているという。最初に誰が言い出したのかまでは知り得ないが、この殿舎の近くを通る時、女官は昼間でも一人では通らない。
ましてや、真夜中ともなれば、貴人の亡霊を怖れて、誰一人として近づきたがる者はいない。まあ、文龍にとっては、仕事がやりやすくなって、かえって助かるともいえる。