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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第3章 策謀

 二年前、都には夏の干魃、豪雨に引き続いて、秋には飢饉と疫病が蔓延した。その際も、朴真善は〝ネタン庫を開くべし〟という領議政を初め朝廷の高官たちの意見をことごとく無視して、民衆には一切、救いの手を差しのべようとしなかった。その裏で、真善がネタン庫の財宝をひそかに商人に売り飛ばしていたと知った国王清宗の怒りは深かった。
 内侍とは内官(ネガン)ともいい、宦官を意味する。位としてはさして高くはないが、常に国王に近侍し、その意向を伺うことの多い立場にあることから、国王と朝廷の橋渡し役ともなる。
 同じ橋渡しでも、承旨が公的な御用を伺うのに比べ、内官は私的な用事を仰せつかることが多いのが大きな違いだ。
 ゆえに、内官に賄賂を送り、王への取りなしを頼む者も実は少なくなかった。また、既に男性ではないので、後宮にも出入り自由であり、国王の妃たちの使い走りなどの雑用も担当する役目も担った。そのため、内官たちは妃たちに少しでも気に入られようと、ひたすら彼女たちの意に迎合することに腐心したのである。
 これだけ見ても、内官が政治への隠然たる影響力を有していることが判るというものだろう。
 この調査を命じられた時、文龍がまず考えたのが、内侍府長の存在であった。密告文にはどこにも記されてはいなかったが、ネタン庫の鍵を持つのは内侍府長ただ一人だ。この一件に関与しているのは朴真善と李蘭輝だけでない。絶対に内官の協力があるはずである。
 そう睨んだ彼は、内侍府長朴虎(ホ)善(ソン)に眼を付けた。すると、面白いように次々と一つの事件が合わせ絵のごとく形をなしていった。
 虎善は名からも判るように、朴真善の実弟であった。幼時に熱病を患い、男性機能を失ったという不幸を経験している。そのため、内官としての道を歩み、現在は内侍府の長官にまで昇った。
 虎善が真善の弟であれば、話は早かった。調べるまでもなく、虎善に真善の息がかかっていることが判明。真善は弟に手引きさせ、ネタン庫を開けさせ自在に宝物を運び出していたのだ。
 文龍は殿舎の壁に身体をぴったりと貼り付け、息を殺して様子を注意深く窺った。
 暦は十月に半ばを過ぎようとしている秋の宵である。まださほどの寒さは感じなかったが、それでも深夜ともなれば気温はぐっと下がる。

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