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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第3章 策謀

 向こうからやってくる内官の吐く息が白く夜気に溶けてゆくのが、少し離れた場所からも見て取れた。
 せいせかとした脚取りで近づいてくる内官の顔が細い月明かりに照らし出されたその瞬間、やはり、と思った。
 威張り腐っている内侍侍長がネタン庫を開く度に、わざわざ立ち会うはずがない。必ず腹心の内官に代理をさせていると踏んだのだが、それが見事に的中したようである。
 内侍府長は、なかなか油断ならぬ人物だ。所詮は兄に手駒として使われるだけの男ではあっても、立ち回りの上手い小狡さは十分持ち合わせているらしい。
 相手にするなら、内侍府長よりも御しやすい若い内官の方が良いと思っていたら、果たして、鍵を持って現れたのは年の頃、三十そこそこの小男であった。ひとめ見てすぐ判るのは、何も内侍府の制服を着ているからではなく、宦官の身体的特徴を如実に備えているからだ。
 どの内官にも共通していることではあるが、男性ではなくなっているため、容貌も中性的、壮年であっても髭はなく、色も生白く全体的にのっぺりとした印象を受ける。
 もっとも、内官でも監察部(カムチヤルブ)の武官的な意味合いを持つ内官たちは例外だ。こちらも監察部独自の制服で一目瞭然というより、他の部署の内官に比べて身体も引き締まり、精悍な印象を与える。
 ちなみに、若い女官たちに人気があるのも、この監察部である。内官といえば、髭も生えず、身体も何となく日陰のもやしのような男ばかりなのに、監察部の内官だけは違う。日々、鍛錬を重ねているため、武術の腕も相当で、本物の男性ではなくても、男性に見える。
 後宮の女官は皆、国王の所有に帰するという大前提のため、女官の恋愛は法度だ。しかし、とうに男性でなくなった内官相手なら、擬似的恋愛として尚宮たちも見て見ぬふりをしてくれる。たとえプラトニックでも、女のようになよなよした内官よりは、陽に灼けた膚も凛々しい監察部の内官たちに人気が集中するのは当然といえば当然であった。
 今、月明かりの下を歩いてくる内官もその例に洩れないようだ。色は生っ白く、捏ねすぎた白餅のようだし、当たり前ながら髭の剃り跡もない。寒いのか、両手で小さな身体を抱きしめるような格好で歩いている。

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