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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第3章 策謀

「どうもこの中の宝物は右相大監の許にだけ流れていたわけではなかったようだしな。お前が何度もお宝をかすめ取っていたことを内侍府長が知れば、一体どうなるだろうか、試してみてやっても良いんだぞ? 一度や二度なら同じ穴の狢、内侍府長も大目に見てくれるだろうが、私が見る限り、お前はどうも常習犯のようだ。内侍府長に内緒でお宝を盗んだのは、これが初めてではないはずだ」
 いっそう声を潜めて脅すように言うと、中年の内官は泣きそうな表情で言った。
「たっ、頼む。何でも言うことをきくから、生命だけは助けてくれ。この通りだ」
 良い歳をした大の男が本当に泣いている。こんな状況でなければ、笑い出してしまうところだが、流石に笑う気にはならなかった。
「出来心でやったことなんだ。内侍府長は私にわずかな報酬しかくれなかった。私だって、馬鹿ではない。ネタン庫を勝手に開けて王室の財宝を持ち出すことは死に値する大罪だ。自分の生命どころか、妻子の生命や我が家門の命運まで賭けて渡る危ない橋だというのに、あれしきの見返りで満足できると思うのか!」
 それで、内侍府長に内緒で度々、財宝を持ち出していたということなのだろう。
 ちなみに、内官といえども、結婚はする。ただし、妻とは夫婦の交わりは叶わず、従って子に恵まれるはずもない。家門の存続のために養子を迎えるのだ。
 文龍は内心、ニヤリとした。
 ―これでは、完全な仲間割れである。
 内侍府長は人の心を理解していない。人を使いこなすには、まず十分な見返りを約束し、なおかつ、それをきちんと与えてやらなければならないのだ。正当な対価を払わずして、働きだけを期待しても大概の場合、上手くはゆかないものだ。
 文龍は心情はおくびにも出さず、内官の耳許で囁くように言った。
「お前がこれから私の言葉に大人しく従うなら、お宝を盗んだことは黙っていてやる。次にネタン庫を開き、李蘭輝の許に宝物を運び込むのはいつだ? その日にちを私に教えろ。どうだ、悪い取引ではないはずだ。恐らく、これがお前の生き延びる最後の機会になるだろう。このまま内侍府長の飼い犬として悪事に手を染め続け、いずれは消されるのと、私を信じて平穏な暮らしを手に入れるのと、どちらを選ぶかはお前次第だ」
「―判った。そなたの言うとおりにする」

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