山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第3章 策謀
凛花は頭を傾け、眼を閉じて、片方の頬を膝に乗せた。
傍らには、殆ど完成した刺繍が無造作に投げ出されている。
凛花は今日、一日中、自室に籠もっていた。午前中は書見をして、午後からは半分ほど出来上がっていた刺繍を仕上げることにした。しかし、なかなか思うように進まず、針で幾度も指を突いてしまった。
普段なら、まず考えられないことである。お転婆は自他共に認めているけれど、これで刺繍や縫いものの腕はまずまずなのだ。―と、自分では思っている。
料理の方はまだ今一つといったところだが、こちらも来春の輿入れに備えて、ナヨンに教わりながら厨房で四苦八苦している最中だ。
凛花は床に置いた刺繍を取り上げ、じいっと眺めた。庭に咲いていたもみじあおいは既に散ってしまったが、この白い絹布の上には鮮やかな紅い花が咲いている。五弁の花に戯れかけるように、蒼い蝶が飛んでいた。
凛花自身はこの図柄をとても気に入っている。もみじあおいを見ていると、何とはなしに文龍を思い出すのだ。この美しい花が恋人の生まれた季節に咲くからだという理由はもちろんだけれど、もみじあおい自体が文龍に似ているような気がしてならない。
もみじあおいは、一つの花が咲き終わると、次の花が咲く。前の花が咲き終わるのを待って次の花がそっと咲き出す様子には、文龍の控えめさと相通ずるものがある。萎んでもまた次の花が開き、次々に花が咲いてゆくその姿は、穏和な人柄の中にも強さを秘めた文龍にぴったりの花だ。
早くこの刺繍を完成させて文龍に見せたい。その一心で夜遅くまで刺していたのだ。
もみじあおいが文龍なら、花に寄り添う蝶はさしずめ凛花といったところか。凛花自身、これから先の生涯はそうありたいと願っている。
文龍さまが花なら、私は花と共に生きる蝶。
花の生命が終わるまで、ずっと側にいたい。
凛花はそこまで考え、あまりに不吉な考えに狼狽えた。
私ったら、何を禍々しいことを―。