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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

 暗闇に散る花

 夜の深い闇が無限に続いている。じっと闇を見つめていると、底なしの闇に吸い込まれてゆきそうで、慌てて眼を凝らす。
 犬の遠吠えが遠くからかすかに聞こえ、物音一つないしじまを余計に感じさせる。
 今宵は満月のはずなのに、見上げた空は闇一色に覆い尽くされ、月どころか星さえ見当たらない。朝はあれほど良い天気だったのに、夕刻から俄に黒雲が空を隠し、この分では雨がいつ降り出しても、おかしくはない空模様だ。
 文龍は緩く首を振った。
 こんなことでは駄目だ。密偵としての調査はいかなるときも雑念を棄ててかからねばならない。些細な心の揺れや迷い任務の失敗は即ち死を意味する。
 今回の任務もこれまでと同じで、すべてが順調にいっていると思い込んでいた。しかし、時ここに至って、何かが違うと妙な違和感を憶え始めているのだ。
 それは例えようのないもの、強いて言えば勘である。義禁府武官となってから、数々の難事件を扱い、死と隣り合わせの危険をかいくぐってきた。その研ぎ澄まされた勘が〝何かがおかしい〟としきりに告げ、警鐘を鳴らしている。
 まるで魚の小骨が喉に引っかかって、どうしても取れないような、そんな気分だ。
 文龍は、この事件について改めて振り返ってみた。
 右議政朴真善と商人李蘭輝が結託し、ネタン庫から宮外へと運び出した財宝をひそかに売り捌き、暴利を得ている。そして、その手先となって、ネタン庫を開けているのが内侍府長朴虎善だ。更に虎善は息の掛かった内官を手駒とし、使役している。
 そこまでは間違いない。一体、何が、どこで間違ったのだろう。
 文龍は思案するかのように眼を瞑った。今夜も動きやすい軽装である。面を知られぬ用心のため、顔の半分ほどを衣装と同色の褐色の布で覆っていた。
 腰に差しているのは、長刀と短刀がそれぞれひとふり。常に携帯している愛用の刀だ。
―凛花、力を貸してくれ。
 文龍は長刀の柄につけた飾りに触れる。いつものように虎目石を撫でている中に、不思議と波立っていた心が鎮まってゆく。
 凛花のためにも、生きて還らねばならない。

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